第2話 

父さんが病気で亡くなってから、弟たちの生活費を払う家族がいなくなった。


「なぁ〜姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「うん。暗くなる前には帰ってくるからね」

「は〜い。俺、お留守番してるね」

「アビルは強い子ね」

「ほんと!?」

「ほんと。お姉ちゃんお仕事頑張るからね。アリフとアマンの面倒もよろしくね。みんなで仲良くするのよ!」


 そして今日、私は仕事を始める。幸運なことに、父さんが働いていた屋台より賃金がいい。

 勤め先は、衣服製造の工場だ。

 首都ダッカの商業施設の6階にある。

 工場では、私と同じくらいの年の子から手に皺が入り刻まれているお婆さんまで、多くの女性たちが、せっせと働いていた。


 「じゃあまずここ座って」


 「…はい」


 「あんたの担当は上海に輸送するスカーフね。ミシンの使い方はわかるよね。じゃあ適当に始めて」


 「頑張ります」


 弟たちのために、一生懸命働かなくちゃ。

 とても優しい職場とは感じなかったけど、愛しい家族のことを思い出したらやる気が湧いてきて、私は机に向かった。


 ミシンという機械の使い方が分からなかったので、隣の人に教わった。

 綺麗な土色の生地を切って、ほつれを直して、縫っていく。

 それにしても、とても綺麗な生地。アラビアの神話に出てくる広大な砂漠のような色だ。それに金色のビーズをつけていく。


 これで、いい。一応、手順通りできたから大丈夫。きっと大丈夫。

 糸を切って、手にとってみた。

 艶々と光が入り込んだり、生地に影が生まれたりする様子にしばらく見惚れた。

 ああ、綺麗だな。きっとお金持ちの人がこういうものを着るんだろうな。羨ましい。

 


 「アジャーラ!」


 「はい!」


 「できたの?」


 「は、はい」


 「じゃあ休まず次のだよ。…ん?」


 「あ…」

 縫い終わった大切な生地を乱暴に摘まれた。


 「ふーん…初めてにしては上出来じゃないか」


 よかった。特に大きな縫い間違えはなかったみたいだ。


 「あ、ありがとうございます」


 「今日はあと30枚ね。少ないんだから早く終わらせて、他の手伝いなよ」


 「30枚…30…あ、はい!」

 1枚でも結構時間かかったんだけどな。

 けれど、この仕事をこなさなくてはいけない。きっと慣れるわ。じきに友達ができるかもしれないし…


 瞬間、私が始めて作り上げたスカーフは乱雑に布の山へと放り投げられた。

 

 「…」


 私に子供はできたことはないけれど、もしできたらこういう気持ちになるのだろうか。

 ただの布。されど布。

 そこに放り出された布の、命の鼓動がどんどん失せている気がして、目を離せなかった。


 可哀想。


 せっかく縫った、私の、たった1つの美しい布。

 あれが、お金持ちの誰かに買われて、使われて…。


 気づけば『私のもの』と信じて疑わなくなってしまった。

 綺麗な砂の色と豪華な粒を持つ『キミ』を、手放したくなかった。


 人目がないことを確認して『キミ』を下着の中に入れた。


 


 



 

 

 


 



 


 

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ションドル・カポール 若宮菜藍 @wakamiya-nai

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