後編

 呆気に取られる私。

 タケルの小さな咀嚼音がなったあと、沈黙が流れた。


「……うまい」


 タケルが、お世辞抜きでなく言っているのがわかった。


「俺、生柿を食べたことがないんだけど……美味しいよ」

「まことでござるか!?」


 タンちゃんが顔を輝かせる。

 私も慌てて、タンちゃんの顔をくり抜いて食べた。

 トロ、ではなく、シャキ、という音が口の中で響く。

 ……な、



「なんじゃこりゃぁぁぁ!?

 食感はシャキシャキしながら、渋みはまったくなく、それでいて濃厚、しかし後味スッキリの甘み!!

 なにより滋養が高そうな旨みがあるぞぉぉぉ!!」


 なんだこれ。こんな美味ぇ柿、おら初めて食べたぞ!!

 あたしがムシャムシャ食べていると、顔が半分になったタンちゃんは、滝のように涙しながら、キラキラ輝き出した。


「かたじけない……タケルどの、サチどの、こんなしがない柿の願いを叶えていただき、誠に感謝申し上げる!

 これで、もう思い残すことは……な……」


 そう言って、すぅ、っと、柿にあった顔と手足はなくなり。

 部屋には、半分ぐらい残った、ただの柿があった。









 まるで夢を見ていたかのように、部屋が静かになる。

 先に口を開いたのは、あたしだった。


「……成仏したのかな、タンちゃん」


 妖怪の場合、成仏で合っているのかわかんないけど。

 ってか、夢中に食べてたから、口と手がベタベタだ。


「ごめんタケル、テッシュない?」


 私がそう尋ねると、タケルがなぜか思い詰めた顔をしていた。


「……タケル?」

「ごめん!」


 タケルの鋭い声が返ってきた。


「俺が、この家にいる限り、あんな妖怪がやって来るかもしれない。俺、今すぐこの家から出ていくからっ」

「待て待て待て待て」


 落ちつけ、タケル。


「タンちゃんは別に、タケルがいる限り妖怪が実体化するとは言ってないぜ。もしかしたらタケルが出ていっても、妖怪とか幽霊とか、あたしたちに見え続けるかも」

「そんな!」

「そ、だから、タケルがいてよ」


 あたしの言葉に、タケルが息を飲んだ。


「君、見えることに関してはあたしらより先輩でしょ。先輩がいる方が、あたしら初心者にとっては安全じゃん」


 あと、とあたしは付け加えた。


「しばらくこの事は、お母さんたちには内緒にしとこーぜ」

「……え」

「もちろんお母さんたちが気づいたり、ヤバい妖怪が来たら打ち明けるつもりだけど」


 どこか戸惑ったような、安心したような顔を浮かべるタケル。

 やっぱり、妖怪が見えることを大人に知られるのは嫌だったんだろう。良識ある大人は信じないもんね。

 それに。

 ニヤリ、とあたしは笑った。




「大人たちに秘密にするのは、冒険する子どものセオリーじゃん?」

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うちに来た男の子には、どうやら秘密があるようです。 肥前ロンズ @misora2222

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