中編

「拙者、たんたんころりんというあやかしでござる」


 手を床の上について、頭を下げる柿、もといたんたんころりん。


「たんたんころりんって、仙台に伝わる柿の妖怪

? 柿の実を採らずに放置すると、出てくるって言う」

「然り」

「……詳しいんだな」


 タケルが目を丸くした。

 うちのお母さんはホラー系児童作家だから、民俗学や心霊現象には自然と詳しくなったのだ。


「それにしても、タケル、妖怪が見えたんだね」

「う、うん。……ごめん」


 肩を縮ませて、タケルが答える。

 なるほど。人には見えないものが見える、孤独な少年だったのだな。常人とは違う能力を持ち、なおかつ天涯孤独の主人公あるある。さぞ苦労したことだろう。


「ん? でも、なんであたしが見えてんの?」


 今まで妖怪とか幽霊とか見たことないんだけど。


「それは、この家が建つ土地の影響でござる」


 たんたんころりん……長いからタンちゃんにしよう。タンちゃんが答えた。


「龍脈やら霊脈やらがうまいことアレして、妖や幽霊が実体化できるようになっているのでござる」


 説明ふわっとしてんな。

 そしてその理屈だと、今まで見えてなかったのに急に見え始めた理由にはならないんだけど。


「以前は、恐らく土地の力が眠っていたのでござろう。しかし、タケルどのの霊力はとても強い。タケルどのがこの家に住み始めてから、その眠りが解けたのでござる」


 そう言われて、さらにタケルが顔を青ざめさせた。そりゃそうだよね、自分のせいって言われてるみたいだもんね。

 でも、今は目の前のタンちゃんについて聞かないと。


「それで、君はなんでここに? うちに柿の木ってあったっけ?」

「いえ。拙者、天満公園に植えられた柿の木から参った」


 天満公園は、神社と公民館がセットにある公園だ。学校の近くにある公園だけど、うちからだとちょっと遠い。


「タケルどのはたびたび妖から追われていた時、神社に駆け込んで来たのでござる。神社は結界が張られているため、邪な妖は入って来れぬのでな」


 そんなことが。

 妖が見えると、やっぱ狙われるんかな。すごい力持ってるみたいだし。


「それを見て、思わず、『食べてもらいたいッ!!』と、諦めていた欲が出てしまい、失礼ながら押しかけて参った」

「うーん、伝承通り」


 確かに、昔はちょっと悪い子が木を登って柿を盗んだりしたんだろうけど、今はそんなことしなくても食べられるしね。って言うか、木登りできる子がいないだろうな。


「言いたいことはわかった。それ、あたしが食べるってことでいい?」

「え!?」

「おお! かたじけない!!」


 どうぞ! と渡されたのは、果物ナイフとフォーク。おお、準備いいな。

 そんじゃ、さっそく。


「待て待て待て待て!!」


 果物ナイフを持ったとたん、タケルに羽交い締めにされた。危ない。


「早まるな! 食べたら死ぬとか、不老不死になるとか、妖怪になるとかあるかもしれないんだぞ!

 というかよくこんな得体の知れない妖怪食べようとするな!?」

「知れなくないよ、タンちゃんだよ」


 確かに、会話をかわせる相手を切り分けて食べるなんてグロテスクで、ちょっと躊躇いがあるけど、某国民的ヒーローだって似たようなことしているし。いけるいける。

 しかしタケル、細っこいと思ったら結構力強いな。振りほどけなくはないけど、手に果物ナイフを持っているから怖いんだよね。

 はてどうしよう、と悩んでいると、切なそうに、くっ……と、タンちゃんが顔を俯かせた。


「そうでござるな……こんな、品種も産地も育ててくれた人の顔もわからないような柿なぞ、信頼できぬのも無理はない」

「いや、産地はわかるけどね」


 天満公園でしょ。

 そして多分、育ててくれた人は天満公民館の館長さん。


「しかし! 信じてもらいたい!!」


 カッ!! と、目が開かれた。


「拙者、こう見えて有機無農薬の柿でござる!」

「そういうことじゃないんだよ!!」

「気になるんだったら、皮をむいて召し上がっていただきたく!!」

「だからそういうことじゃないんだって!!」


 タケル、こんなに大きな声出せるんだな。いつも小さい声だったから、声変わりで辛いんかなと思ってたけど。今度カラオケ誘お。

 まあ今は、どうやってタケルを説得させるか、だ。


「タケル、たんたんころりんの柿を食べて、死んだとか不老不死になったとか、そんな話は聞いたことないよ。しかも、むっちゃうまいって伝わってる。

 自信満々に『食べてください』って言ってくれている人……じゃないけど、答えてあげるのが人情じゃない?」


 見なよ、と私は言った。


「この、夕日に向かって走り出し、手に届かぬ星を目指す、昭和のスポ根漫画みたいな目を。人を騙そうとしている目には見えないよ。大丈夫」


 離して、と私は穏やかに言う。

 すると、何を感じとったのか、タケルの拘束が緩くなった。


「じゃあ、俺が食べる」

「え」


 迷わず、タケルは果物ナイフでタンちゃんの顔を削り、その一欠片を口に含んだ。


 

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