魔法少女じゃなくたって
八神綾人
魔法少女じゃなくたって
「すみませんでした」
私は深々と頭を下げた。別に謝罪の気持ちはこれっぽっちも無い。
これが私の日課なのだ。
その洗練された所作は、もはや様式美と言っても過言じゃない。
「どうしてこんな事も出来ないのかねぇ~? 私が一年目の頃にはこんなことくらい~」
出た、鈴木部長の若い頃自慢。これ始まると長いんだよなぁ。
そんなことを考えていたからか、私は思わず顔を
「なんだ、なんだぁ? 今度は体調が悪いですってかぁ!? んん~!? 診断書持って来たら話くらい聞いてやるぞぉ~!?」
「いえ、大丈夫です……」
行ったところで、結局、病弱アピールとか言われるんでしょ?
それに小さい頃から病院は苦手だからあんまり……。
「何だその顔はぁ!? 言いたいことがあるならはっきりと――」
はっきり言ったら余計に怒るくせに。もううんざり。
◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ、しんど……」
私はスーツを着たままベッドの上に倒れ込んだ。
ポケットからスマホを取り出すと、電源ボタンを一回押す。
「もう一時じゃん……」
画面には午前一時を示すデジタル数字と、金曜日であることが表示されていた。
「まだ後一日あるのかぁ……」
会社では鈴木部長にネチネチ言われて、帰って来たら寝るだけの日々。
休日は疲れて何もする気が起きないし、そもそも休日が無い時だってある。
「今週は休みあると良いなぁ……」
私はスマホのロックを解除し、サブスクのアプリを起動する。
何か見たいものがあったわけでは無い。何か自分以外の声を聴いていないと気が病んでしまいそうだったからだ。
「恋リアかぁ」
私はおもむろに、高校生くらいの男女六人が楽しそうに肩を寄せ合っている画像をタップして再生ボタンを押す。
『もっと一緒に居たいって思った』
『嬉しい! 私も颯斗くんのこと――』
一分も経たない内に戻るボタンを押して動画を閉じる。
「こういうの見てると余計にしんどくなるなぁ……」
当然、今の状況じゃ恋愛なんてしている余裕はない。余裕があっても相手がいる訳じゃないけどね。
「もっと何も考えなくても良いの無いかな」
スマホの画面をスクロールしていくと、可愛らしい服を着た女の子のところで指が止まる。
魔法少女ものアニメだ。
私は女の子の画像をタップして動画を再生し始める。
『世界の平和は私が守るっ!』
女の子の決めポーズと共に、可愛い声優さんの声が耳に届いた。
「魔法少女かぁ……。良いなぁ」
良い年してって思われるけど、私は魔法少女が好きだった。
小さい頃からよく見ていて、日曜日の朝も平日の深夜も、魔法少女と名の付くものにはいつもわくわくした。
可愛い服にきらきらの魔法。私もこんな人生が良かったな。
「こんな世界、大っ嫌い――」
私は愚痴と涙を
◆◇◆◇◆◇◆
その日、私は街の中に居た。
「あれ、私何してたんだっけ……」
疲れ過ぎて記憶でも飛んだのかな。
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、そこには午前十時、金曜日と表示されていた。
「え!? とっくに仕事始まってるじゃん!! 急がないと!!」
慌てた私は足が
「いったぁ……。私が何したって言うの? もういや……」
痛みも相まって、抑えていた感情が少しずつ涙となって流れ始めた。
周りの人は私に興味が無いらしく素通りしていく。
冷たい人間たちばかりで良かったと思えた日は、今日ほどあるまい。
鼻をすすりながら起き上がろうとすると、声を掛けられた。
「良ければお手を貸しますよ?」
冷たい人間ばかりだと言ってごめんなさい。
そりゃ中には優しい人も居るよね。
「すみません。ありがとうござ――」
見上げると、そこに悪魔が立っていた。
いや、多分人間だと思うけど、悪魔と言われても疑わないような男が立っていたのだ。
「あ、ありがとうございましたっ! 私はこれで!」
私は差し出された手を取ることなく立ち上がると、急いで頭を下げて、その場を離れようとした。
「あなたの願いを何でも一つ叶えて差し上げましょう」
「……は?」
立ち去ろうとした私の背中の方から声が聞こえて来た。
恐る恐る振り返ると、詐欺師みたいな満面の笑みで男がこちらを見ている。
何言ってるんだ、この人? 願いを叶える? いやいやいや、その見た目でそのセリフは流石に怪し過ぎるって。
「何か願いはございませんか?」
悪い時には悪いものがとことん寄って来る。
きっと負のオーラ全開で歩いていた私が悪いんだ。
こういうのに手を出すようになったらいよいよ末期だと思い、とりあえず無視することにした。
慌てて去ろうとすると、私はまた足が
「あっ!」
だが、私が地面に突っ伏すことは無かった。
何故なら――。
「え? え!?」
私の体は宙に浮いていたのだ。
「お気を付けください。慌てられては、またこけてしまいますよ?」
男の手の動きに合わせて、私の体がゆっくりと地面に降ろされる。
嘘でしょ。こんなの魔法でも使えない限り――。
自分で思いながらハッとした。魔法? あり得ないって。
「あなたの願いを何でも一つ叶えて差し上げましょう」
経験してしまったからには、疑い以外の感情が出てきてしまうのも無理はない。
――こんな人生、少しくらい悪魔に魂を売ってみるのも面白いか。
この時、私はそう思ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆
「願いは決まりましたか?」
その男はいつも決まって金曜日に現れた。
「その前に聞かせて。あなたが見せてくれたあれは魔法なの?」
「いかにも」
男はそう言って、悪魔のようないやらしい笑いを浮かべる。
けどやっぱり、本当に魔法だったんだ。
「私は、魔法少女になるのが夢だったの」
言ってしまった。いい年をした大人が子供みたいなことを。
「ふむ。魔法が使いたいのですか?」
笑わないんだ。見た目はアレだけど、案外良い人かも。
「まぁ、そういえばそうだけど」
「ならばあなたも悪魔にして差し上げましょう!」
前言撤回。やっぱこの人ちょっと頭がおかしいわ。
「話聞いてた? 私がなりたいのは魔法少女なの。悪魔に何てなりたくないんだけど?」
「同じことです。契約を結んで魔法が使えるようになる。何処に違いが?」
「それだけ聞くと確かに同じに聞こえるけど……」
「ただし、悪魔との契約には魂を差し出して頂きますがね」
「やっぱり同じじゃ無いじゃん!」
思わず突っ込んでしまった。
「強情なお方ですね。ではあなたに三つほど試練を出しましょう」
「試練?」
「もしあなたが私の出す三つの試練をクリアすることが出来たら、魂を頂かずに魔法を使えるようにして差し上げます」
案外融通が利くじゃん。見た目が悪魔なだけで、中身は普通の人とか?
でもさっき、あなたもって言ってたし、やっぱり悪魔だったんだ。
うーん。とりあえず話だけでも聞いてみる価値はあるかなぁ。
「うん、それで?」
「試練をクリアするために、魔法も一時的に使えるようにして差し上げます。ただし、使えるようになるのは試練をクリアするための魔法のみです」
自力でクリアしなくて良いの? クリアするために魔法を使えるようにしてくれるなんて、ゲームみたいにサービス良いじゃない。
「全ての試練をクリアした時、あなたに真の力を授けましょう!」
クリアしたら色んな魔法が使えるようになるってことだよね。
とりあえずやってみて、ダメそうなら途中で辞めれば良いか。
「それなら、やってみよっかな」
私の言葉を聞いて悪魔がニヤっと嫌な顔で笑ったのが心の奥に引っかかった。
「契約、成立ですね」
こうして魔法少女になるための特訓の日々が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
あれから一週間後の金曜日。前回と同じように悪魔は私の目の前に現れた。
「さて、では今日から試練を受けていただきます」
「何をすれば良いの?」
「まずは悪の気配に気付いていただきます」
「悪の気配? 何か悪いことをしている人を見つけるってこと?」
「いえ、悪いことをする前に見つけるのです。どんな些細なことでも、世界に
「そんなことどうやって出来るの?」
「ではまず、お約束通り一つ魔法を使えるようにして差し上げます」
悪魔はそう言うと私に何か魔法を掛けた。
「これであなたには、人の発するオーラが見えるようになっているはずです」
遠くを歩いている人に目を向けると、何だか体の周りを漂う
「慣れてくると、直接見ずとも離れた場所の人間のオーラすら感じ取れるようになります」
「これが一つ目の試練?」
「魔法少女とやらも悪の存在と戦うのでしょう? ではまずは、その存在に気付かなければならない。違いますか?」
うーん。この悪魔、言うことはそれっぽいんだよなぁ。
「分かった。やってみる」
「よろしい。では手始めに、あなたが日頃ストレスを感じるものを頭に思い浮かべてください」
私はよく分らないまま意識を集中させる。
まっ先に部長の顔が思い浮かんだ。
そして、今日歩いているときに見かけた歩きたばこしていた人、道を塞いで歩いていた学生のグループ、満員電車で押してきたおじさん。
自分でコントロール出来ないものに人はストレスを感じやすいんだっけ?
見事に人間関係のストレスばかりが思い浮かんだ。
「あ……」
何故か分からないが、遠く離れたところに部長の気配を感じる。
確かあっちは会社がある方だっけ――。
「お見事です!」
悪魔に拍手をされた。あれ、もしかして一つ目の試練をクリアした?
案外簡単だった。もしかして私、魔法少女の素質があったりして?
「気付くだけ? こんなことで良いの?」
「ええ、今はそれで構いません。しかし一回で成功させるとは素晴らしいです!」
小さな成功でもちゃんと褒めてくれる。
今まで誰かに褒められることなんて無かったから、ちょっと嬉しいかも。
「それでは、次の金曜日までにもっと沢山の、そしてもっと遠くの気配にも気付けるように練習をしていてください」
悪魔はそう言うと一礼し、ゆっくりと立ち去って行った。
◆◇◆◇◆◇◆
また一週間後の金曜日。いつも通り悪魔は現れた。
「あなたは見所があります。第一の試練をいとも簡単に突破したのですから」
「そ、そうかなぁ」
一週間が過ぎて、私はこの街の範囲くらいなら大体悪の気配が分かるようになっていた。
「これは素晴らしいことです。これほどまで早く身につけられる方は、そうはいません」
あんまり正面切って褒められると何だか照れるな。
「では今日から第二の試練を始めましょう。ですが、優秀なあなただからこそ、第二の試練はあなたにとって鬼門となるやもしれません」
「第二の試練って?」
「第一の試練であなたはこの街に蔓延る悪の気配に気付きました」
悪の気配に気付いたってことは――。
「なるほど、次は成敗するのね!」
魔法少女になるんだもん。正義は悪を成敗しないとね。
「ええ、そうです! 流石私が見込んだだけのことはあります!」
そう言って悪魔はニヤっと笑った。
悪魔は私の足元に魔法陣を出すと、その中心から何か棒状ものがゆっくりと上がってくる。
「もしかして魔法の杖!?」
そうそう。魔法少女と言えば、これだよね。
だけど、そう思っていた私の期待は裏切られた。
棒が最後まで出てくると、その先には大きな鎌が付いていたのだ。
「これって……」
「第二の試練ではこの鎌でその人間たちの魂を狩って頂きます。期限はまた今日から一週間です」
「――え?」
「聞こえませんでしたか? ではもう一度――」
「違う! ……聞こえなかったんじゃない」
「ならば話は早いでしょう。早速この街の人間を――」
「待ってよ! 魂を狩るってどういうこと? 私に人を殺せって言っているの!?」
「殺して頂いてもかまいませんが。目的は魂を奪うことにあります」
「殺すことと何が違うの!? 私そんなことまでして魔法少女になんか――」
「勘違いをしないで頂きたい。奪うのは魂の一部だけです」
「一部?」
「人の魂に潜んでいる悪を喰らうのです。多くの人間の悪を喰らって、あなた自身に蓄えていただきます」
「何でそんなこと」
「魔法には悪魔と同じ『魔』という文字が使われている通り、決して清い力ではございません。何かを手に入れるためには代償が必要となります。あなたもそれくらいの事お分かりでしょう?」
「それは……」
私は思わず言い淀んでしまった。
「取り込んだ悪の魂はゆっくりと魔力へ変換されていきます。そしてその魔力が体内に一定以上溜まると魔法が使えるようになるのです」
「魂を奪って、その人は死んだりしないの?」
「奪うのは悪の部分だけですが、魂を一部でも消失するのです。以前と同じように生きていくことは不可能でしょうね」
「じゃあダメじゃない!」
「街から悪は減り、あなたは試練をクリア出来る。こんな素晴らしいことを何故否定なさるのです?」
確かにこの一週間。会社や街、日常で多くの悪を感じ取って来た。
「そんなクズどもを駆逐するだけで、あなたは願いに近付くのです。素晴らしい話ではありませんか!」
悪魔は両手を広げて、演説をするように私に言葉を投げてくる。
「でもやっぱり私には……」
私の言葉に悪魔の表情が少しずつ曇り始める。
「契約を
――ハメられた。
この悪魔は最初からこうするつもりだったんだ。
甘い言葉で契約させて、引き返せなくなったところで人を堕落させる。
騙された私が悪いのかな……。
仕事も人生も何もかもうまくいかなくなって、ついには悪魔の言いなりになるなんて……。
目頭が熱くなり、じわっと視界がぼやけてくる。
振り回されるだけの人生。もう、疲れちゃったな。
「さて、いかがなされますか?」
神様は黙ってて何も言ってくれない。
でも目の前の悪魔は言葉をくれる。
――最後くらい、わがままに生きて良いよね?
「良いよ。私がこの街の悪を全部狩ってあげる」
「素晴らしいお答えです!」
もうどうにでもなればいい。私は考えることをやめた。
「おや? あなた、魂が良い色になってきましたねぇ」
◆◇◆◇◆◇◆
一週間後の金曜日。今日は二つ目の試練の最終日だった。
「お見事です! あなたはこの一週間で多くの悪を取り込みました。あなたから悪の気配が溢れるほどに、ね」
もう褒められても嬉しくなかった。
「今のあなたの魂は、さぞ甘美な味わいでしょうねぇ」
悪魔はそう言って、唇を少し舌で舐めた。
「では、最後の試練を受けていただきましょうか。第三の試練ですが――」
「まだ」
「何か言いまし――」
「まだ、足りないって言ったの!! もっと、沢山狩らなきゃ」
私はもう自分でもよく分らなくなっていた。ただ、何か使命感のようなものに駆られて、ただ悪を狩ることだけが頭に浮かぶ。
「おやおや。最初の頃とは打って変わって、随分と仕事熱心になりましたね」
「うるさい!! 私はもっと悪を狩って――うっ!?」
酷い吐き気と頭痛が襲ってきた。
「急激に悪を取り込みましたからねぇ。精神が追い付いて来られていないのでしょう。一度外に放出した方がよろしいかもしれません」
「そんなことして、溜め込んできた悪はどうなるの?」
「もちろん全て無くなります。第二の試練は今日が期限ですから、試練は失敗、ということになるでしょうね」
悪魔はわざとらしく溜息をついて、そう言った。
「嫌! 頑張ってきたことが全部台無しになるじゃない! 私は学校に居た時も、会社に入ってからも、何もうまくいかなくて! ようやく自分の力で何か出来るようになったの!!」
私は悪魔に八つ当たりするように言葉をぶつけた。
「お願いだから……。これ以上、私から何も奪わないで……」
言葉と共に、感情が涙となって溢れ出る。
「ふむ、随分と精神が擦り切れておられますね。これではいずれにしても第三の試練は――」
「……教えて」
「ん?」
「第三の試練って何? それが終われば解放されるんでしょ? 早く教えてよ!!」
もうどうでも良かった。ただ、何かをしていないと自分が自分では居られなくなる気がしただけ。
悪魔は待っていたとばかりに、いつものいやらしい笑いを浮かべて次の言葉を口にする。
「ええ、良いですとも! 第三の試練は――」
その時、近くでビルが爆発した。
「なん……で……」
「おやおや? 優秀なあなたがあんなに大きな悪を見逃すなんて、一体何処に潜んでいたのやら」
どうして? 私は一週間この街の悪を狩って来たのに。
あんなことをする悪党なんか居たら、真っ先に気付くはずなのに。
悪魔の嬉しそうな笑顔を見て、私は察した。
そっか、どんなに巨大な悪だったとしても。毎週のように会っていれば、それを敵だとは認識しなくなる。
最初から、この悪魔は試練をクリアさせる気なんか無かったんだ。
倒壊したビルの屋上が地上に落ちていくのが、スローモーションのように目に映る。
その下には、当然のように沢山の人々の姿が見えた。
「放っておいて良いのですか?」
呆然と惨劇を眺める私に、悪魔はそう囁いた。
「わ、私には関係ない! 第二の試練は終わったんでしょ!? 私には私のやらなきゃいけないことが――」
私は責任を押し付けられたような気がして、思わず目を逸らした。
――あれ? 私のやらなきゃいけないことってなんだっけ?
テストで良い点を取ること?
会社で部長の嫌味を聞くこと?
手当たり次第に悪を根絶やしにすること?
私が本当にやりたかったことって――。
『世界の平和は私が守るっ!』
あぁ、そうだ。私、魔法少女になりたかったんだっけ。
けど今更気付いたってもう遅いよね。だって、私の魂はもうこんなに悪に染まって汚れているんだから。
今更魔法少女になって正義の味方を気取るなんて――。
「……どうすれば良いの?」
「何をです?」
魔法少女になんかなれなくてもいい。正義の味方みたいにカッコ良くなくていい。
「決まってるでしょ! あの人たちを助けるの!!」
「簡単なことです。あなたの中にある魔力を使って魔法を使うのです。随分と溜め込まれましたので、さぞ巨大な魔法が使えますよ」
「結局、試練は失敗ってことね」
「ええ勿論。しかし良いのですか? 全てが台無しになりますよ?」
「良いよ、魔法少女じゃなくたって! 私は私だから!!」
最初からこうするつもりだったくせに、よくもこいつはこんなことを。
「では存分に魔法を使ってきてください」
そう言って悪魔は私に魔法を掛ける。
体の中が熱くなって、今なら何の魔法でも使えるような気がした。
「地獄でお待ちしておりますよ」
悪魔は執事のような礼をする。
顔は見えないけど、きっといつものいやらしい笑いを浮かべているんだろう。
「この、悪魔め!」
「お褒めにあずかり光栄です」
悪魔が顔を上げ、こちらを向く。
ほら見ろ、やっぱり笑っていやがった。
「褒めてなんか、無いっつーの!!」
私は体から溢れる魔力を使って魔法を発動させる。
使い方なんてもちろん知らない。でも、アニメの魔法少女はいつだって正義の心が向くままに魔法を使っていた。
「あはは、体が軽い! 本当に魔法少女になったみたい!!」
私は風よりも早く駆け抜け、落ちてくるビルの屋上に向かって空を飛ぶ。
「世界の平和は私が守るんだから!!」
そういって渾身の魔法を発射する。
体から全て絞り出すように発射された魔法は、大きなビルの塊を粉々に粉砕した。
――全ての力を使い切った私は、ビルの代わりに地面に向かってゆっくりと落ちていく。
「あぁ、魔法使っちゃったな。これで全部台無しだ」
重力に引かれて、私の体は少しずつ落ちる速度を増していく。
「けど、最後に魔法少女っぽいことは出来たし。これで良かったかな」
地面に吸い込まれるように落ちていく最中、チラリと横目で悪魔の方に視線を向ける。
――ふふ、おめでとうございます。第三の試練クリアです。これであなたは――。
薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえた気がした。
◆◇◆◇◆◇◆
「――さん。佐藤さん!?」
――あれ? ここは……。
「自分が誰だか分かりますか?」
「私は――」
「通勤途中で倒れたんですよ? 覚えていますか? 周りの人が助けてくれなかったら、本当に危ないところだったんですから」
どうやら私は、危機一髪のところで命拾いをしていたらしい。
「今、先生呼んで来ますからね」
そう言って看護師さんが病室の外に出て行った。
結局、魔法少女になれない人生に変わりは無いらしい。
「魔法なんて、やっぱりそんな都合の良い話は無いのが現実か」
当然、この世界にはあの悪魔もいないし、ね。
「もっかい会ったら、ぶっ飛ばしてやろうと思ったのに」
私はそう言いながら、ゆっくりとベッドの上で体を起こした。
「一々言われんでも分かっておるわ!!」
何だか病室の外が騒がしい。けど何処かで聞いた声だった。
看護師さんがゆっくりと閉めてくれた病室の扉を、乱暴に開けて部長が入って来た。
「倒れたと聞いたがどうなんだ? ん? どうせ病弱を装って会社を休むつもりだったんだろ?」
病室に入って来るやいなや、罵声を浴びせられた。
多少でも心配して来てくれたのかと思った私が馬鹿だった。
「はぁ……」
「んん!? 何だねその溜息は!! 言いたいことがあるならはっきりと言いたまえ!!」
確かに魔法少女にはなれなかったけど。
でもね、一つだけ魔法を使えるようになったんだ。
――魔法少女じゃなくたって。
私にだけ使える、私だけの魔法の言葉。
この言葉を唱えると、ちょっとだけ勇気が湧いてくる。
「あんまりうるさいと、つまみ出して貰いますよ?」
「な!? き、ききき、君は何て口の利き方を!!!」
ふふ、言ってやった。ざまぁみろっての。
「鈴木さん、病室で騒ぐなら本当に出て行って貰いますよ?」
私の声に賛同するように誰かが病室に入ってきた。
「あー!!」
私はその人の顔を見て思わず声を上げた。
「どうかされましたか?」
白衣を着た担当医の顔を見て私は色々と察したのだ。
「地獄で待ってるってそう言うこと……」
確かに病院は苦手って言ったけどさ、何も悪魔になってまで出てこなくて良いじゃない。
「ほんと、こんな世界大っ嫌い。――ふふっ」
そう呟くと私の顔から自然と笑みが
もう少しだけ、普通の人として頑張ってみますか。
― 魔法少女じゃなくたって 完 ―
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
本作品は「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス 2回目お題「危機一髪」参加作品になります。
面白かったと思っていただけましたら、評価並びにご感想をよろしくお願いします。
「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス 1回目お題「スタート」、3回目お題「秘密」参加作品も公開しています。
こちらも是非、よろしくお願いします。
1回目お題「スタート」参加作品。
「君が笑ってくれるなら」
https://kakuyomu.jp/works/16818023211720243912
3回目お題「秘密」参加作品。
「あなたの秘密、知っています」
魔法少女じゃなくたって 八神綾人 @a_yagami_2023
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