自分の運命は自分で変えろ
タマは雑種の野良猫だった。手や足先は白い毛先に覆われているが、それ以外の部分は、茶色と黒色が混ざり合っている錆猫と呼ばれる品種だった。
取調室に入ると、彼は両足を机の上に投げ出し、両腕を組んで目を閉じていた。にゃん吉は、そこにあるパイプ椅子を敢えて乱暴に引っ張り出すと、モフっと腰を下ろした。
「あんだい。あんた」
「おれは捜査ニャン課長のにゃん吉。通称、ふんどし刑事だ」
「ふんどし? あはは。あったかそうだな」
タマはバカにしたように笑ったが、にゃん吉のその眼光に、笑いを止めた。
「お前。随分と野良しているそうじゃねぇか。父ちゃんも母ちゃんも、野良なんだってな」
「はあ? んなもん関係ねーだろう」
「関係ある!」とにゃん吉は、灰色の事務机をポフンと叩いてみせた。それから黄金色の目を細めてタマを見据える。
「野良だからってよ。野良の生き方することはねーんだぞ」
「け。なにバカなこと言っているんだよ。野良は野良。所詮、飼い猫とは違うんだよ。おれたちは自由が好きだ。縄張りをニャンパトして歩いて、日中は昼寝。夕方から活動開始する。人間に撫でられて、狭い世界に閉じ込められるなんて、性に合わねぇんだよ」
タマは興奮しているのか、からだを前のめりにしてにゃん吉に食って掛かった。しかし。にゃん吉は「ふん」と鼻を鳴らす。
「今回、お前がかみついた鈴木は、猫たちが嫌がることをする常習だった。お前は正当防衛も適応されることになる。なあ、お前は本当に自分が嫌だったから、鈴木にかみついたのか?」
タマは目を見開いた。にゃん吉はその変化を見逃さない。畳みかけるようにタマを責め立てた。
「あの界隈では、鈴木の被害に遭っている猫が後を絶たない。お前はもしかしたら——」
「うっせーぞ! 舐めた口利くんじゃねえ! ふんどしのクセによう!」
威嚇のポーズをとったタマは、にゃん吉に「シャー」と鳴いた。しかし、ニャン吉は、ふんどしの中から葉巻を取り出すと、一本、タマに差し出した。
「そう興奮しなさんな。タマよ。おれはな。お前が好きだぜ。お前は野良の中の野良かもしれねぇ。猫って生き物は、生まれる前から運命が決まっちまうもんだ。血統証つきの親に生まれれば、一生、食いっぱぐれることはねえ。けど、人間どもの欲望のために、ひどい運命を辿る奴もいるんだ」
「な、なにが言いたいんだよ」
にゃん吉の後ろに控えているスコちゃんは、にやにやと二匹を眺めるばかりだ。まるでにゃん吉の言いたいことがわかっているかのようだ。タマは不安気な表情を浮かべる。この中で自分一匹だけがわかっていないのだ。「頼む、教えてくれ」と椅子に座りなおした。
すると、取調室の扉がガリガリっと鳴った。それから、ミケさんが顔を出すと、彼はにゃん吉の耳元でごにょごにょと何事かを伝える。それから互いに視線を合わせた後、ミケさんは取調室を出て行った。
「な、なんなんだよ」
余計に不安になったのか。タマは落ち着かないように、視線をさまよわせる。にゃん吉は両膝をテーブルに置いて、「ふふん」と笑って見せた。
「おれはな。お前の正義感を買っている。どうだ。
「お、おれは野良だ。
「だからなんだ。野良からのスタートだとしたって、運命は変えられる。お前はお前の手で自分の生き方を変える権利があるんだ。例えスタート位置が決まっていたとしても、ゴールは自分で選べる。それがニャン生(人生)ってものだぜ?」
にゃん吉は葉巻の灰をぽつんと落とす。タマは肩を落として、ぽかんとした顔のままにゃん吉を見返していた。
「スコ。手続きをしろ。こいつはおれがもらう」
「了解にゃん。——よろしくな。相棒」
スコちゃんはタマの肩をモフっと叩くと、すぐさま取調室から出て行った。
「しかし。おれの罪は、どうなるんだよ。あの鈴木って野郎、怒って訴えているんだろう?」
「おれを誰だと思っているんだ。ねこねこ警察の捜査ニャン課長、にゃん吉様だ」
タマは「ふざけてやがる」とつぶやくが、にゃん吉は「ふふ」という笑い声をあげた。すると、ラグドールのラグ女史が顔を出した。
「被害者の鈴木は、今回の発端は自分であると認め、傷害での訴えを取り下げると言ってきましたよ。やりましたね!
「ほらみろ。猫に二言はねえ。お前は今日からおれの部下として働け! ゴールは自分で決めろ。タマ」
「ふんどし……」
「ふんどしじゃねえ。
こうしてタマはねこねこ警察捜査ニャン課に入ることになったのだった。そう。猫は生まれる場所を選べない。どう生きるかを選択できずに終わる猫もいる。けれども、タマは違った。彼は自分の意志で、縄張りにいる猫たちを守ろうとしたのだ。
ふんどし刑事にゃん吉はそれを見逃さなかった。捜査ニャン課に正義感溢れる新な仲間が加わった瞬間だったのだ——。
了
【カクヨムコン9短編】自分の人生は自分で決めろ~ふんどし刑事の事件簿~ 雪うさこ @yuki_usako
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