第7話 許されぬ愛

怖い。僕は思った。


何が怖いか。ずっと男性として生きてきた僕が、女性であると偽って過ごしながら、略奪愛をしながら、幸せをつかめるものだと、甘いことを考えてきた自分が怖いのだ。


そんな生活、いつか破綻するはずだということが、僕は頭のすみっこにあった。だけど、それを見て見ぬふりを今までやってきたんだ。やさしい彼を騙し続けていたんだ。


僕は家庭を持つべき人間ではなかった。誰にも迷惑をかけず、ただの孤独な変態として人知れず、一生を終えるべきだったんだ。僕一人の人生ならまだいい。僕は娘を産んでいるんだ。娘の人生に責任を負うこともできないのに、軽はずみなことをするべきではなかったんだ。うちの家庭だけじゃない。きっと、明石家にも深い爪痕を残すことになるに違いない。


この後、僕と娘には何が待ち構えているだろう。まずは離婚。その後も彼にどんな追い打ちをかけられても、社会的制裁を加えられても文句はいえないだろう。ネガティブな予測が僕の頭を駆け巡った。


「ケイコ……」


ここ最近、ずっと怜香と呼ばれてきたのでその呼び方はかえって新鮮だった。


「俺、涙が止まらないんだよ」


「へ?」


どんな恐ろしい話をされるのだろうと覚悟していたところだったので、僕は拍子抜けしてしまった。僕のほっぺたにあつい液体が伝う。涙。隼人さんの涙だ。


「俺はお前を愛しているんだよ。男だとわかってても、どうしても嫌いになれないんだよ」


彼は頭一つ分身長がちがう僕の体を、怜香の体を力強くぎゅーっとだきしめた。胸が押しつぶされて少し痛い。さらに僕の頬を自分の涙もつたうのがわかった。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


「悪いのは俺の方だ。お前のおかげで今までどれだけ助けられてきたのか知らなかった。気付いてやれなかった。俺は一生かけても返せない恩と大きな愛情をお前から受けてきたんだ」


「いいえ。悪いのは騙していた僕の方です」


何度もあやまる僕を、彼は子供をあやすように頭をなでた。おでこにいっぱいキスをされる。いつもはひざまくらをねだられて甘えられる方なのに今日ばかりは僕の方が子供みたいだった。

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