第2話 主人公登場 八代隼人
俺の名前は八代隼人。大手メーカーでエンジニアをやっていたが、大企業特有の意思決定の遅さに嫌気がさし、ベンチャー企業を立ち上げた。
そこから収入が0になり、貯金を崩す生活がはじまった。この変化に怒りを露わにしたのは2つ年下の妻の怜香だ。彼女が有名企業の正社員の肩書きを目当てに俺と結婚したのは承知していたが、起業により、家庭の不和が決定的になり、家庭内別居をするとまでは覚悟していなかった。
思えば、彼女とは結婚をしてからずっとセックスレスだった。新婚初夜、夜の営みをはじめようとして彼女の高圧的な要求の数々に萎え、それ以来、彼女になじられるようになってしまったのだ。
ある日、俺は自ら追加融資をしてもらおうと銀行に出向いたが軽くあしらわれてしまっていた。このままでは倒産が現実的になってしまう。嫌な汗が額を伝った。家に帰ったら、これについて妻と相談しなければならない。場合によっては離婚届を突きつけられてしまうだろう。
「ただいま」
俺が家に帰ると、妻が走って出迎えてくれた。
「おかえりなさい、あなた。ごはんができてますよ」
冷たい視線と舌打ちという俺の予想を裏切り、にこにこした笑顔で出迎えたのだ。
「どうかしましたか?私の顔に何かついています?」
「いや、お前、いつもよりふんわりした喋り方だなと思って」
「気のせいですよ。さあさあ、温かいうちに食べてくださいな」
キッチンに入ると整理整頓、掃除がきっちりとできていた。この家がまるでみちがえるようだった。そして、飯を食うと、なんとも実にうまいのだ。
「おいしくないですか?」
「いや、うまい。うまいけど…」
「うまいけど?」
「お前は誰だ?」
その質問をすると、彼女は伏し目がちになり黙りこくってしまった。結婚した後は見せたことのなかった色気のある顔である。それをうかつにも俺はかわいいと思ってしまったのだ。
「私、二重人格なのです」
「は?」
「なんていうか、ごくまれに全く別の人格になってしまうというか、体はあなたの奥さんの八代怜香なんだけど、中身は別人というか」
唐突なオカルティックな告白に俺は混乱してしまった。そんなこと起きるわけがない。彼女の演技に決まっているのだけれども、こんなふざけた演技をすることによって、彼女になんのメリットがあるんだろうかと思うとわけがわからなくなった。
「ごめんなさい。わけのわからないこと言って!頑張ってあなたの奥さんやりますから!怒らないで」
おっとりとした雰囲気まとった彼女の普段とのギャップに俺は思わずドキッとしてしまった。
「それで、君の名前は?」
「名前って?」
「人格が違うのに怜香じゃ、いつもの怜香じゃ区別しにくいだろ。そっちの怜香とか、大人しい方の怜香じゃなんか調子が狂うし」
普段はしないような口を隠すような仕草で考えたあと彼女は答えた。
「それではケイコって呼んでください。それでいいですか?」
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