最終話:ホラー作家
第一話から第三話まで、それぞれ別の人物による語り口調での話を掲載してきた。これらは、実際に私が知人から聞いた怪談話をできるだけ忠実に文字起こししたもので、そこに一切の創作や脚色は含まれていない。
私は世間からは、牧野周二という名義のホラー小説作家として知られている。
そんな私の日常生活は、次の新作小説のためのネタ探しを中心に回っている。怪談とは、自分の頭の中で全く何もないところから突如思いつくものではなく、周囲の人々が体験したちょっと不可思議な体験を取材して、そこに自分なりのアレンジを加えるところから始まっていくものだ。そうでなければ、自分で考え出したネタなど、長い作家生活の中ではとうの昔に使い尽くしてしまって枯渇していることだろう。だから私は日常生活の中で、新たな知人と知り合う機会があると、必ず彼らに対して「何か怖い話を知らないか?」と、尋ねるようにしている。そこから高い確率で新たなネタを仕入れることができるからだ。もちろん、ここまで掲載してきた第一話から第三話までの怪談話についても、その流れで周囲の知人から仕入れることができたネタが元になっている。
さて、第一話から第三話までの話を続けて読んでこられた読者の方には、この三つの話に、とある共通項があるということにお気づきのことだろう。
第一話は、私がアルバイトで講師を務めている小説教室の懇親会で知り合った、同年代の男性から聞いた話だ。子供時代に偶然撮れてしまった心霊写真にまつわるエピソードだが、この話を単独で聞いた時には、さほど私は怖いとは感じなかった。おそらく多くの読者の方も同じように感じられただろうが、話の結末に登場するDMの不気味さに、ちょっと厭な印象を持たれたくらいだろう。
第二話は、とある趣味の集まりで二十代の男性と話す機会があり、その時に仕入れたネタである。認知症の徘徊老人が、自宅の部屋のドアノブをガチャガチャ回していたというオチで、特段怪異現象が起こるわけでもなく、そういう意味では怖くもなんともない話なのだが、そこに第一話と共通のネタが隠れているような気がして、なんとも不可思議な印象を持つことになった。
この第二話の男性から話を聞いたのは、第一話の男性から話を聞いてから、数ヶ月後のことだったのだが、第一話の話がまだまだ頭から抜けきっていない状態で、この話を聞いたものだから、なにか既視感というか、それに伴う不安感を強く覚えたことを今でも覚えている。
そしてこの第二話の男性から話を聞いて、さらに数ヶ月後、第三話の話を仕事先の関係の飲み会で知り合った若い女性から聞くことになる。この第三話の話を最後まで聞いて、私はこれら三つの話を提供してくれた三人が、実は裏で示し合わせていて、何か私をドッキリ企画のようなもので騙そうとしているのではないかという可能性を疑ってしまった。しかし、この三人の間に接点など皆無なことはあきらかで、そんなことがあるはずはないとすぐに結論づけた。
この三つの話には、はっきりとした共通項がある。
終盤の決めゼリフが共通しているというのが最もわかりやすいポイントだが、どこかにある「公園」がその怪異に関係しているということや、○○様という神様の存在だったりと、要所要所で共通項が見られる。
それ以外にも私が思うに、この三つの話の中で共通しているポイントとして、「取り憑かれてしまう」人物が登場するという点がある。それらの人物の特徴とは、子供だったり、老人だったり、あるいは若い人であっても仕事でメンタルをこじらせてしまっている人だったりと、世間一般的に見て弱くて抵抗力のなさそうな状態の人間を狙って、取り憑いているように思われる。
そこまで考察を進めて、私は、この三つの話が自分のところに舞い込んできたのは、これらの事象と私自身との間に、何かの縁のようなものがあるのではないかと考えるようになった。これら三つの話について、もっと深く調べてみたいし、そうすることを「何か」から強く求められているような気がしたのだ。
そこで私はまず、第一話の話を聞いた男性に連絡を取り、子供の頃に住んでいた自宅の住所を聞き出すことにした。すると、その男性は訝しがりながらも、ピンポイントでその住所を答えてくれた。
次に、第二話の話を聞いた男性にも同様に連絡を取り、学生時代に住んでいた安アパートのおおよその住所を聞き出した。するとやはりそこは、第一話の男性の自宅住所と同じ区内にあることが判明した。
さらに同じようにして、第三話の女性からは、当時の彼氏とよく通っていた業務用スーパーの場所と店名を聞き出した。やはりその場所についても、前二者と全く同じ区内にあることがわかった。
最後に私は、三人から聞いた三つの場所をネットの地図上にプロットし、そこから徒歩で行ける範囲内にある公園を検索してみた。すると、対象となる小さな公園を二件発見したので、その位置情報も合わせてプロットしておくことにした。
そこまで調査を進めた私は、実際にその二つの公園に足を運んでみることにした。現場に行ってみることで、何か新しい発見があるかもしれないと思ったからだ。名前のよくわからない「神様」の由来などについても、その地区で昔から暮らしている方に取材することで、何かわかったりするかもしれない。
そして私は、仕事が一段落ついたある日の午後、電車を乗り継いで件の地区へと向かった。
最寄り駅に到着した私は、とりあえず駅周辺をぐるりと歩きながら見渡してみた。特に何の変哲もない、ごくごく平凡な住宅街といった印象だ。
スマホの地図を見ながら、まずは一件目の公園へと向かう。大通り沿いにしばらく歩みを進めて、そこから小さな脇道にそれて、戸建て住宅が立ち並ぶ道路をまっすぐ進んでいった突き当たりに、その公園はあった。
その公園の入り口に立ち、全景を見渡す。向かって奥の方に、大きな木が三つほど立ち並んでおり、その前にベンチがあり、滑り台やブランコといった遊具が均等に設置されているのがわかる。それ以外には、取り立てて興味を引くような物は何もなかった。小さな公園なので人影もほとんどなく、こんなところで立ち止まってあちらこちら眺めていると不審者に間違われないだろうかとやや不安になった。
第一話の話の中に出てきた、「小さな祠」がどこかにないだろうかと思い、公園の中を歩き回って探してみたのだが、どこにもそれらしいものはなかった。
私が探しているのは、この公園ではないのかもしれない。そう思い、私は二件目の公園の場所をスマホの地図に表示させ、そこへ向かって歩き始めた。
住宅街の細く曲がりくねった道を十分ほど練り歩いた所で、二件目の公園を見つけることができた。その公園にたどり着いた瞬間に、私は、この公園がお目当ての公園だとはっきりと感じていた。なぜなら、公園の入り口の所に、一辺が一メートルほどの四角い木箱が設置されていたからだ。
これが、第一話の男性が話していた祠のことなのではないか。そうに違いないと思いながら、私は祠の前に立ち、外側からその中身を伺うようにして眺めてみた。しかし、正面は木製の観音開きの扉で閉じられており、中に何が入っているのかは全くわからなかった。手を伸ばせば扉に手がかかるし、開けてみることもできると思うのだが、そんなことをしてもよいものなのかどうかわからない。ましてや、あんな話を聞いた後では、変に手を触れようとする気にはなれなかった。
私は仕方なく、公園の中をぐるりと歩いて一週してみた。この公園は、入り口の所に祠が設置されている以外は、木々や遊具が所々に点在しているという点で、一件目の公園とほとんど変わらない状態だった。人影がほとんど見当たらないという点まで同じだ。
しかし、祠を見つけたおかげで、もう少し調査してみようという気に、私はなっていた。
とりあえず私は、この公園の近所の住人に聞き込みをやってみることにした。
まず私は、公園の正面の通りを挟んで真向かいにある戸建て住宅にあたりをつけた。築何十年かは経過しているだろうその住宅の佇まいから、おそらく住人はこの公園にある祠の由来について、何か知っているかもしれないと思ったからだ。
私は、その家の玄関まで行って、ドアブザーを鳴らしてみた。するとすぐに、インターホンごしに若い女性の声で「はい」と応答があった。
「すいません、ちょっとこのあたりの地区の歴史について調べている者なのですが、向かいの公園のことで少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
そう言うと、少し間が開いた後で女性は、「どちら様でしょう?」と問いかけてきた。
「小説を書いている者でして、牧野と申します。名刺をお渡しできますが、どうしましょう?」
すると、女性は「少々お待ちください」と言って、インターホンが切れる気配がした。ほどなくして、玄関ドアが開き、三十代くらいと思われる髪の短い女性が現れた。私は、彼女に向かって礼を言い、懐から名刺を取り出して差し出した。
彼女は「小説家、ですか?」と言いながら、名刺と私の顔を交互に見比べた。目の色に好奇心が映っていた。
「はい、ちょっと新作小説の取材をしておりまして、向かいの公園のことでお伺いしたくてですね」
「向かいの公園、と言いますと?」
私は振り返って、後ろの公園を指さした。
「はい、あそこの公園の入り口にある祠なんですけどね、あれって一体何を奉っているとか、由来をご存じだったりしませんでしょうか?」
「いや、私も結婚してこの家に越してきたものですから、そういったこの辺りの過去の歴史的なことについては、全く知らないんですよ」
女性は、眉に皺を寄せながら申し訳なさそうにそう言った。
「そうですか。じゃあ、この辺りにお住まいの方で、そういう方面に詳しい方をご存じだったりしませんでしょうか?」
女性の目の焦点が遠くなり、何かを思い出しているような表情になった。
「この町に、町内会っていうのがあるんですけど、そこの役員の方に、もしかしたら詳しい方がいらっしゃるかもしれませんね。町内会の連絡先がどこかにあったと思うので、それをお伝えすればよろしいでしょうか?」
私はすぐさま「お願いできますか?」と言い、深く頭を下げた。
その女性から町内会の連絡先の電話番号が書かれたメモを受け取った私は、彼女に礼を言って、その家を後にした。再び公園まで戻ってきて、ベンチに腰掛けてスマホを取り出した。女性からもらったメモに書かれた電話番号に電話してみる。
耳元でしばらくコール音が鳴った後、男性の声で「もしもし」と応答があった。
「すいません、この町に住んでいる方から、こちらの電話番号を教えていただいて、いまお電話させていただいているんですけど、そちらって町内会の方ですよね?」
「はい、そうですが……」
そこで私は自分の身元を手短に説明し、今私がいる公園に関する情報を探し求めていることを相手に伝えた。
「そういうことだったら、川辺さんに聞いてみるのがいいかもしれんね。ちょうど今、川辺さんがうちに来てるんだよ。ちょっと電話代わってもらうから、待ってて」
男性がそう言い終わると、電話が保留音に変化した。
しばらくの後、次に電話に出てきたのは、かなり年配だと思われる声音の男性だった。
私は再び、私の身元と、電話した目的をその男性に向けて説明した。すると男性は、しばらく間を置いた後に、ゆっくりと話を始めた。
「確かに、そこの公園には祠が一つあるんだよな。入り口の所に、目立たないけど、ひっそりと置いてあるやつだよな。そこの由来は、私も昔父親に尋ねたことがあって、なんでもそこら一帯が戦時中に空襲を受けて焼け野原になった時に、亡くなった人々の魂を鎮めるために、神様を立てて奉ってあるって言ってたよ」
「その神様の名前を、ご存じではないですか?」
「メントキ様って名前がついてたと思う。でも、ここらの人で、そんな名前で呼ぶ人なんて今まで見たことないけどね」
「その神様のことなんですけど、なにかこう、人に取り憑いたりだとか、そういう悪いことをする神様だったりするとか、そんな話を聞いたことはありませんか?」
受話器の向こうで男性が含み笑いをする気配を感じた。
「いや、そんな悪いことをしたりするなんて、一度も聞いたことはないわ」
「そうですか、あくまで死者の魂を鎮めるだとか、そういういい意味での神様という話しか、ご存じないと、そういうことですね」
「うん、そうだね。今までも何度か、そこの祠について尋ねてきた人達がいたんだが、みんなにも同じように返事してるね。あれはそんな悪い神様じゃないよ、絶対に」
そこまで男性の話を聞くと、私は丁寧に礼を言って話を切り上げた。
とりあえず、神様の名前はわかった。しかし、そこにまつわる禍々しい筋の情報については、手に入れることはできなかった。
その後もしばらくの間、私はベンチに座ってぼんやりしていた。もしかすると、第二話に登場した徘徊老人が現れるのではないかと期待したのだが、子連れの母親が何組か通り過ぎただけで、他に人気を感じることはなかった。
その後、公園を離れて、第三話に出てきた業務用スーパーにも足を運んでみた。確かにスーパーの出入り口の向かい側に相当古いマンションが建っていた。だが、ベランダを見上げて目をこらしてみたが、話にでてきたような、それらしい人影を見つけることはできなかった。
日も暮れてきたので、私はこれで一旦調査を終了することにし、自宅へと戻ってきた。
結局、神様の名前以外には何も新たな発見はなかった。どことなく気持ちが消化不良気味になっているが、まぁこんなものだろう。それほど都合良く、面白い話になっていくとは、最初から私も思ってはいなかった。
冷蔵庫からビールを取り出し、プルタブを引く。ビールを口に含みながら、今日一日あったことを順に思い返し、思索にふける。公園、祠、神様、取り憑かれる人々……「こっちにこい」とは、具体的にどこのことを指しているのか。
私はふと思いついて、手元にあったノートパソコンのブラウザに、「メントキ様」と打ち込んでみた。ネット上になにか情報が転がっているのではないかと、かすかに期待したのだった。
そのままエンターキーを押すと、「メントキ様」というそのものずばりのタイトルのページが検索結果に表示されたので、私は思わず前のめりになった。そのページに関する説明は、検索結果には一切表示されていない。ただ、「メントキ様」というタイトルが表示されているだけだった。私はマウスを操作して、そのタイトルのリンクをクリックした。
すると、表示されたのは……
「ハヤク、オマエモ、コッチニコイ」
画面一面に大きな文字で、その一文だけが表示されていた。
祠のある公園 さかもと @sakamoto_777
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