第3話:望遠鏡

 で、何の話でしたっけ? あ、怖い話でしたね、あたしの知ってる怖い話っていうのは、あれって何年前のことだったかな、そんなに昔のことでもないんですけど、当時あたしには付き合って同棲までしてた彼氏がいたんですけどね、あたしがこんなちゃらんぽらんな性格なのに、その時の彼氏はものすごい真面目でしっかりした人で、仕事もIT関係のエンジニアっていうのをやってたらしくて、まあそれなりにスペック高めの人と付き合ってたんですよ。それで、一緒に暮らしてるから、食料品の買い出しの為に、週末には二人で近所のスーパーによく行ってたんですよ。業務用スーパーっていうんですかね、あの、なんかやたらまとめ買いできるようになってるでっかいスーパーです。そこでいつもたくさん、たぶん一週間分くらいの食料品を買って、二人でえっほえっほと担いでそのスーパーから出てくるんですけど、そのスーパーの出入り口から出てきた時に、なんかどこかから視線を感じることがよくあって、「あれ? なんだろうな」って、よく思うことがあって。ある時、スーパーから出てきた時に、スーパーの向かいにある小さなマンションの上層階を見上げてみたことがあって、そこのある一室のベランダのところに、人影みたいなものがちらっと見えたんですよね。で、あれって思って、よく見てみると、なんかベランダの所に、天体望遠鏡みたいなものを置いて、そこからこっちの方角を覗いてる人がいるのが遠目からでもわかってしまって、なんだあれは? ってなって。隣にいた彼氏に言ってみたんですけど、「うーん、なんだろうね、ああやって望遠鏡で通行人を観察するのが趣味の人なのかな」って言うから、「いや、それってちょっと気持ち悪くない?」って言ったりして、まあなんか、世の中には妙な人もいるもんだねって話になって、その場は終わったんですけど。それからも、彼氏とそのスーパーから出てくる度に、向かいのマンションのベランダを見上げるのが癖になってしまって、それでいつもそこには人影があって、こっちの方角を覗いてるように見えるもんだから、ひょっとしてあの人って毎日のように朝から晩までずっとあそこから、スーパーから出てくる人のことを眺めてるのかなって思って、いつもいつものことだから、本当に気になってしまって、ある時、彼氏に「ちょっとここで待ってて」って言って、買い物したものもそこに置いて、そのマンションの玄関まで歩いて行ってみたんですよ、で、古いマンションだったからオートロックも何もなくて、そのまま入っていけるようになってたんですよね。だから外側から見てた時に、例の人影があったベランダの階まで、エレベーターであがれちゃいまして、そのまま。で、部屋の場所も西側の一番端の部屋だったなーって思いながら、廊下を歩いてたら、もうその部屋の前まで行ってしまってて、もうそこまできたら、やるしかないなと思って、思い切ってドアのチャイムを鳴らしてみたんです。すると、インターホンに誰かが出る気配があって、そのまま耳を澄ませてたんですけど、何も言ってくれなくて、しょうがないから、「あのーすいません。いつもそこの業務用スーパーで買い物してる者なんですが……」って話始めてしまって、インターホンの向こう側で誰かが聞いてる気配はあったんですけど、何も返事はなくて、でももうそこまで話してしまったら、最後まで説明しないといけないよなって、変に責任感っていうの? それ感じてしまって、「毎週末に彼氏と業務用スーパーから出てきたら、いつもこちらのお宅のベランダから誰かが望遠鏡のようなもので覗いてるような気がするんですけど、あれは何か意味があったりするんでしょうか?」とか、そういう意味合いのことをできるだけ手短に話したら、インターホンの向こうで咳払いする声が聞こえてきて、やっぱり誰か聞いてるんじゃんって思ってほっとしてたら、インターホンから男の人の声が聞こえてきて、「あんたの彼氏の背中にな、なんかついてるぞ」って言うんですよ。え、なんのことだろうって思って、「あたしの彼氏の背中? なんかゴミでもついてました?」って応えたら、すぐさま「ちがう」って返ってきて、そっから「○○様だよ、あれは」って言ってくるんですよ、よく聞き取れなかったんで、「え、なに?」って聞いたんですけど、それからはもう何も反応しなくなっちゃって、でもそんなこと言われたらもう頭の中ハテナだらけになっちゃうじゃないですか、だから必死で「ちょっと待って、何の話してるの?」って何度も聞いたら、ようやく一言だけ「あそこの公園には近づくな」とだけ言ってきて、「公園? は?」ってなっちゃって、で、そのままブツっていう音がして、あ、インターホン切れちゃったわーってなって、そのままドアの前突っ立っててもしょうがないから、結局そのまま彼氏のところに戻ってきて、彼氏が「何やってたの?」って訊いてきて、「いや、あのマンションから覗いてる人のところに行こうとしてきたんだけど、よくわかんなかったわ」とか言ってごまかしてみたんですけど、そしたら彼氏もそれ以上訊いてこなくて、「じゃ、帰ろうか」って言って、私に背中見せながらスタスタ歩いて行くんですよ、その彼氏の背中を見ながら「なんもついてないじゃん」って思ってたんですけど、もしかしたら、さっきの人は、霊能者っていうの? そういう霊的な感性を持ってる人なんじゃないかなって気がしてきて、ああやって業務用スーパーから出てくる人を望遠鏡で観察してるのも、何か普通の人には見えないようなものが見えていて、それを離れた場所からじっと観察してるんじゃないかなって、そんな気がしてきてですね。でも、そうだとすると、彼氏の背中になんかついてるって、それってヤバいものが取り憑いてるってことじゃないのかなって思って、イヤーな気持ちになったんですよね。で、そういや最後に公園がどうとか言ってたなって思い出して、彼氏に「このあたりに公園ってあったっけ?」って尋ねてみたら、彼氏が「あるよ、俺最近、仕事帰りにコンビニでビール買って、近所の公園で一杯やりながらぼんやりしてること多いよ」って言うもんだから、こいつあたしの知らない所でそんなことやってるのかってちょっと意外に思ったんだけど、「なんか最近しんどいんだー仕事がー」って、言い出して、「そっか、いろいろあるもんねー」ってあたしが言って、そのまま二人で重い荷物担いで家まで帰ってきたんですよ。それからも、週末には彼氏と二人で業務用スーパーに買い出しに行ってたし、相変わらず例の男の人はマンションからこっちを覗いてたし、何も変わらない日常ってやつ? に戻ったんですけどね。で、それからしばらくは彼氏とうまく続いてたんですけど、なんだかやっぱり仕事がうまくいってない状態がずっと続いてたみたいで、だんだん家での会話も少なくなっていって、そのまま彼氏の体調の方も崩れていって、仕事をしばらく休職することになってしまって、そのタイミングでうちらの関係も一旦お休みに入ろうってことになりました。それで彼氏が実家に帰ってしまったんですよね。で、そのまま彼氏とは連絡がつかなくなってしまって、ライン飛ばしても電話しても何の反応もなくなってしまって、おいおいこのまま自然消滅すんのかよってあたしは思いながら、それでもまぁしょうがないかなって、あまり深く考えずに彼氏に「うちらってもう別れる?」ってライン飛ばしたんですよ、そしたら突然彼氏から電話がかかってきて、出てみたら、


「ハヤク……オマエモ……コッチニコイ……」


って、言ってきて、「え、なに? 今からそっち行こうか? ちゃんと別れ話した方がいい?」って返事してみたんですけど、そのまま電話は切れちゃって。よくわからないから、それからもラインや電話を何度かしてみたんですけど、全く反応がなくなってしまって、それで今に至るというわけですよ。今考えたら、やっぱあの彼氏、何か取り憑いてたんじゃないのかなって思ったりするんですけど、そういう意味で、怖い話ですよね、きっとこれって。

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