第8話

 別れを告げてから二人は、朝日に包まれた山道を下っていた。


「リアムさん。今日はこのまま東へ進んで、イズラで宿を探しましょう」


 首都をエレマとするネスロガリア王国は、パウロム大陸の南西に位置している。国土は東西に広がっており、その大半が森林で覆われた平坦な地形をしている。


 しかしエレマだけは、隆起してできた大きな山の山中にあるため、道のりは険しい。旅をするとなっても、エレマからでは険しい山道を下るのに時間がかかるので、たった一日ではあまり遠くへは行けない。その為、多くの旅人はエレマの麓で発展してきた宿場町に寄るのが普通だ。


 中でもイヴァンが言っている、イズラという宿場町は東方に位置しており、エルトンへ向かうのには丁度良いのだが、


「……いえ。出来るだけ今日は進みましょう」


 と言って顔を上げれば、少し前を走るイヴァンが落馬しそうになるのが見えた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですけど、リアムさん。それ、本気で言っています?」

「本気ではないですが、状況からして進んだ方が良さそうだと思います」


 イヴァンが驚くのも無理はない。この国の旅に対する一般常識では、最低でも二、三日は麓の宿に宿泊し、そこから移動をするのが主流だからだ。


「事が重大で焦る気持ちはわからなくもないですが、あまりにも性急では?」

「焦ってはいませんし、性急でもありません」

「しかし何故です?宿泊をせずに進んでも意味がないと思うのですが……」

「わかりました。ではイブ様、少し速度を落としてくださいますか?」


 イヴァンが手綱を引いて速度を落とす。リアムは、横並びになるように馬を近づけ、耳打ちする。


「……前を見たまま聞いてください」


 一段低くなった声音を聞き分けたのか、イヴァンは前を見据えたまま小さく頷く。


「追手がいます」

「……っ!」

「後方に二名確認しました。あくまでも様子見のようですが、念のためイズラで撒きましょう」


 イヴァンは一瞬だけ取り乱したようだったが、直ぐに平静を装った。


「先程の会話は聞かれていないのですか?」

「距離的に難しいと思います。もし聞こえていたとしても、撒ければ問題ありません」

「……そうですか」


 イヴァンの硬い表情が少し和らぐ。


「もう一つだけよろしいでしょうか?」

「何ですか」

「イブ様の髪が目立つので、切るか、染めるか、どちらが宜しいでしょうか?」


 今度こそ落馬しかけたイヴァンを、リアムが寸前で支えたのだった。




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