第2話

 血に染まったことのないだろう、白亜の城壁。磨き上げられた大理石の床には、職人らが彫った草木の精密な模様が描かれている。


 この贅を尽くした王宮では本日、舞踏会が開かれていた。

 ホールに響くのは、国内随一の音楽団が奏でる、スローワルツの音色。

 そこに集う人々は、老若男女問わず煌びやかで、誰しもが勝利の祝杯を挙げていた。


 ——そう、彼女が現れるまでは。


 締め切られていたホールの扉が突然開かれ、ひんやりとした空気が流れ込む。

 それに気づいた指揮者によって、音楽が波のように引いていく。


 カツ、カツ、カツ——。


 音楽の止んだホールには、一対の靴音が明瞭にこだまする。先程までの騒めきは鳴りを潜め、彼らの視線はホールの中央を歩く、一人の少女に注がれていた。


 明快な空気を呑み込まんとする、蝋色の軍衣に身を包み、高めのヒールが鳴らす音は規則的だ。そして肩よりも上で切られた濡れ羽色の髪は、無造作に撫でつけられている。反対に、顔立ちは少しばかり幼さが残っていて、小さな口をキュッと引き結んでいるのが可愛らしい。

 しかし、胸元に光る銀の階級章は騎士団隊長の位を示していて、彼女の確固たる実力が伺えた。


 カツ、カツ——。


 そして烏のような少女は、好奇の目を物ともせず、ホールを進む。玉座の前で歩みを止めると、騎士然とした礼を捧げ、その場に恭しく跪く。

 それはとても優雅でいて、洗練された礼だった。


「よう来た、黒龍の騎士よ」


 大理石で造られた白亜の玉座に腰を下ろす、五十路の国王が口を開けば、周囲の空気は威厳によって静められた。


「そなた、面を上げよ」


 少女の顔が殿上人に向けられる。


「先の戦い、ご苦労であった。我が忠臣として誇りに思うぞ」

「はっ。身に余るお言葉です。我が同胞も喜ぶでしょう」

「そう畏るでない。前線は悪戦であったと耳にした。そなたのような歳若い者が、このような戦果を挙げたことは我が国の光である。なればこその賛辞だ」

「……私めは祖国に忠誠を尽くしたまでであります」

「そうか、そうか。そなたの心意気には目を見張るものがあるな……面白い」

「……」

「今宵は宴だ。存分に楽しむがよいぞ」

「はっ!」


 王の一言で、音楽が再開される。そして、思い出したように人々の騒めきも戻ってきた。


 少女がすっと立ち上がれば、いつの間にか人の波が緩やかに押し寄せてくる。王の目前での無礼を憚ったのか、恐る恐る彼女を取り囲んだ。


「あら、お目にかかれて光栄だわ、黒龍の方。私はモンテーニュが公爵夫人、マーガレットですわ。お見知り置きを」

「私はバードナー子爵令嬢のティアです」

「私は——」「吾輩は——」「我は——」


 早口で繰り広げられる自己紹介に辟易しながらも、少女はぎこちない笑顔で応えていく。しかし下賤の出であるからか、誰しもが逃げるように去っていき、少女はまた一人に戻った。


 人酔いした吐き気をどうすることもできず立ち尽くしていれば、


「黒龍様、騎士団長様がお呼びです」


 と宮廷使用人らしき男が、背後から声を掛けてきた。








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