第5話
あれから護衛と調査の任を引き受けるや否や、リアムはアイザックに無理やり騎士団本部に連行されて、面倒な手続きをさせられる羽目になったのだった。旅費に関わる書類から、契約書紛いのものまで。普段、剣を振るうばかりの左腕は、サインのし過ぎですっかり疲弊してしまった。
「おい、これで終わったと思ってんじゃねーぞ」
「うわ……」
机に突っ伏していたリアムの首根っこを、アイザックがひょいと持ち上げる。
猫のようにぷらーんと四肢を投げ出した格好のまま連れて行かれ、次は馬に乗せられた。
気づけば、いつの間にか空には朝の色が広がっていた。
——パカラッ、パカラッ
凹凸を極限まで少なく加工した石田畳の上を、二対の馬が滑るように駆ける。
いくらか街中を駆けて辿り着いたのは、貴族街と市民街の境にある服屋だった。
まだ早い時間のせいか、辺りには人気がない。
しかし、新緑の蔦に覆われた服屋の外観は古惚けているものの、蔦のかかっていない小窓からは明かりが漏れ出ていた。
アイザックは無言で服屋の扉を押し開ける。
リアムもその後ろにくっついて店内に吸い込まれていった。
「いらっしゃい」
落ち着いているけれど、少し乾いた声がかけられる。
「あんたがリアム嬢ちゃんかい?」
見ればそこには、背の高い女性が立っていた。
あの蔦のよりも深い緑の瞳に、ぼさぼさとした栗毛色の髪は無造作に肩で纏められている。喋り口調とは裏腹に、若くて綺麗な女性だ。
「ふーん。こんなに細っこいのが我が国の英雄様かね」
「……!?」
ずんとリアムに大股で近寄ると、体つきを確認するように胴や手首を絞られる。
「やめろ、ラハ!リアムが驚いてんだろ!」
慌ててアイザックが二人の間に割り込んでくる。
「いや、お前が勝手に連絡してきて、旅服を用意してくれって言ったんだろ」
「それはそうだがっ!ラハにリアムがとって食われやしないか、こっちは気がきじゃねーんだよ」
「あ"?だーれーがこんな可愛いのをとって食うかよ」
リアムは、目の前で繰り広げられる口論に、目を丸くしたまま固まってしまう。
「……アイザックが女の人と話してる」
ぽつり、そう呟けば、
「「……」」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく、ぷっと吹き出した。
「「んふっふあはははっ!」」
二人の笑い声で空気が楽しそうに揺れる。
「おい、ザック。お前、部下にも女嫌いがバレバレじゃねーか。ふっ、それもこんな可愛いの女の子に」
「そりゃ、リアムは俺の妹みたいなもんだからな。知ってて当然だろ」
「あー、はいはい。お前のリアム自慢は今に始まったことじゃないな」
わかった、わかったと興奮気味のアイザックを、ラハと呼ばれた女性が宥める。
それをリアムがぽかんと見つめていれば、ラハが話しかけてくる。
「たぶん、初めましてだよな。あたしはラハート・ヘストンだ。こいつにはラハって呼ばれてる」
「あ……初めまして。ミリアムです」
「うん、知ってる。こいつとは腐れ縁で、嬢ちゃんの話はよく聞かされてるよ。それに、黒龍様って呼ばれてんだっけか?こないだの戦争はありがとうな」
ラハはそう言うと、リアムの黒髪をぽんぽんと優しく撫でてくる。
「……?」
「それにしても大変だな、嬢ちゃんは。戦争帰りなのに、また直ぐに仕事だなんて。それにまだほんの子供じゃないか」
ラハの緑の瞳が柔らかく細まる。
「……だからこそ、あたしが繕った服が役に立つといいんだが」
最後の方は独り言のように呟くと、ラハの手がリアムの頭から離れる。
「さて、リアム嬢ちゃんにザックとあたしからプレゼントだ」
そう言ってラハは、狭い部屋の中央に置かれた作業台らしき机の上に、布の山を置いた。よく見ればそれは、真新しい洋服の数々だった。
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