第6話
頬を叩かれ、俺は目を開けた。
「おう、大丈夫か?」
伯父の顔が目に飛び込んできた。
「ふあぁ。眠っむ~」
伯父は俺達を心配して寝覚の床で寝ずに待っていてくれていたらしい。
でも、なんだろう。目を覚まして一番最初に見たのがひげ面のおっさんだったせいか、無性に腹が立った。
「
「
辺りを見回した。明るくなり始めた東の空が、白い岩肌を照らしている。
俺が寝かされていた岩のすぐ下、川の傍で音がした。
「静電気でボサボサの髪の毛を何とかしろよ。笑われちまうぜ」
伯父からブラシを受け取って、素早く髪を整える。
足音が近づいて来る。
川の音に負けないくらい、俺の心臓が煩く高鳴った。
「
声がする方へ目を向けたその時、陽光が射した。
眩い朝日が、彼女の姿を照らし出す。
濡羽色の髪、真珠のように白い肌、黒曜石のような輝きを湛えた目、絵にも描けないほど美しい女の子が、俺を見つめていた。
この瞬間、俺は初恋の女の子に、一目惚れしてしまった……。
「おい、輝飛」
伯父につつかれ、我に返る。
でも、「平気だぜ」と、言おうとしたのに、口はパクパクと動くだけで声が出ない。
伯父は俺の醜態を一笑すると、朱さんに向かって手をひらひらと振った。
「お帰り朱ちゃん。輝飛はこの通りピンピンしてるぜ。丈夫なだけが取り柄だからな~」
「まあな」
ようやく絞り出せた声は掠れてしまった。
俺という男は、つくづくダサイ男だ。だけど、朱さんはこんな俺の事を笑わないで、無事を確かめて安堵の溜息を吐いた。
「無事でよかった」
「気にすんな。こういう仕事だ」
そう自分で言って、傷ついた。
気付いてしまった。俺と朱さんは、霊媒師と依頼人の関係。彼女が竜宮の妖から解放されたなら、俺が彼女の傍にいる理由はなくなる。
俺は人間からも妖からも恐れられる霊媒師。
こんなに可愛くて優しい子が、俺みたいな奴と付き合ってくれるはずがない。
そういえば……ここは寝覚の床だったな。
寝覚の床がそう呼ばれる理由。それは——玉手箱を開けてしまった浦島太郎が、若者の姿から老人の姿に変ったことで、竜宮城の夢から覚めた心地になった——ということに由来するらしい。
浦島太郎と同じように、俺も夢から覚める時が来たらしい。彼女との思い出は、所詮竜宮城と同じ、夢幻だったんだ。
「……伯父さん、朱さんを家まで送ってあげてくれ」
立ち上がると、俺は彼女に背を向けて歩き始めた。
「待って」
俺の手を細い手が掴んだ。振り返れば、朱さんが真っすぐに俺を見つめていた。
「これで『さよなら』じゃないよね?」
「……でも、俺の仕事は終わったぜ」
元凶のクラゲは甲が連れていった。侵略者のヒトデは元の世界に帰った。俺の仕事に不備はないはずだ。それなのにどうして、彼女は俺を呼び止めるんだ?
朱さんは言葉に詰まったらしい。次の言葉はなかなか出てこない。
最後だから、と見つめ続けると、彼女の白い頬に赤味が射した。
しばらくの沈黙の後、彼女は決心したように口を開いた。
「友達になって?」
顔に熱が集まるような気がした。
今の、聞き間違いじゃないよな?
ここが寝覚の床なら、今この瞬間は夢じゃないよな!?
頷く俺。
恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに微笑む彼女。
参ったな。夏休みは、ここで過ごすように用意してきたんだけど……。普通の高校生らしく友達として、朱さんを遊びに誘ってもいいんだろうか?
後日、竜宮城から「お礼に
竜宮に喚ばれた子 木の傘 @nihatiroku
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