第8話 この国の未来

 選挙の結果が判明すると、沢田代表の新党の大躍進が明らかになった。報道陣が集まる都内のホテルの会議室は、興奮と期待に満ちあふれていた。重厚なカーテンが背景となり、照明の下、沢田代表が堂々と前に進み出た。


「皆さん、そして全国の国民の皆さま。本日は新党の大躍進、そして私たちの理念に共鳴してくださったすべての方々に、心からの感謝を申し上げます」沢田代表の声は、深みと誠実さを備えていた。


 周りの新党のメンバーや支持者たちは、沢田の言葉を待ちわびていたかのように、一息つき、息を呑んで彼の言葉に耳を傾けていた。


「私たちの勝利は、単なる数の問題ではありません。これは、我々の政策、理念が多くの国民に受け入れられたことの証しです。そして、これからはその期待に応えるための真の戦いが始まるのです」


 場内からは拍手が沸き起こり、何人かの議員や支持者たちの目からは、涙もこぼれていた。


「我々が掲げる新しい未来を、皆さんと一緒に築いて参りたい。そのためにも、我々は結束し、全力で努力して参ります。国民の皆さま、これからも我々を支えてください!」


 沢田代表の熱い言葉に、会場全体が一つになったかのような盛大な拍手と歓声に包まれた。



 与党の選挙事務所は、静かだった。映し出されるテレビの結果と、場内の落ち着いた雰囲気が一致して、何か大きな変化の前の静けさを感じさせていた。周囲のスタッフや支持者たちは、口をつぐんで総理の言葉を待っていた。


 総理は深く息を吸い込んで、敗軍の将としての言葉を始めた。「みなさん。結果は目の前の通りです。私の選挙活動の方法、そして私の考えを、多くの国民の皆様には受け入れていただけませんでした。その責任は、私にあります」


 一瞬の沈黙が続いた後、総理は続けた。「私が自衛隊の訓練に参加したのは、武力の行使の重さ、そしてそれが、どれほどの決意を必要とするのかを、私自身が経験し、国民に伝えたかったからです。しかし、それが伝わらなかったのは、私の不徳の致すところです」


 スタッフの一人、若い女性が声を詰まらせながら言った。「総理。私たちは、あなたの考えに共感して、一生懸命に戦ってきました。結果は厳しいものとなりましたが、あなたを誇りに思います」


 総理は、彼女に微笑みかけながら言った。「ありがとう。みんなの努力は、私にとって何よりもの宝物です。そして、私の選挙戦は終わったかもしれませんが、私たちの思いは歴史が評価するでしょう」


 事務所の中は、総理の言葉に感動し、目を潤ませる者もいれば、総理と固く握手する者もいた。彼の姿勢に、深い敬意と愛情を感じていたのだった。



 官邸の庭では、スタッフたちが、ゆっくりと荷物を運び出していた。長い時間を過ごした、この場所での生活が終わると思うと、別れの時は少し寂しさが込み上げてくる。壁に掛けられた絵や、愛用の文房具を手に取るたびに、思い出が蘇ってきた。


 一方、総理のプライベートルーム。窓の外の景色を眺めながら、総理は夫人の手を優しく握っていた。


「こんな結果になるとは思わなかったよ……」総理が静かにつぶやくと、夫人は穏やかに微笑んで「あなたは、あなたらしく頑張ったわ。私は、それだけでいいの」と答えた。


 二人の間には、多くの言葉は不要だった。総理を勤めてきた期間、夫人は常に彼の横で支え続けてきた。挫折や困難があったとき、そして喜びの瞬間も、いつも二人で共有してきた。


「これからは、もう少しゆっくりと過ごせるかな?」と総理が言うと、夫人は「たまには旅行でもどう?」と提案した。


 そのとき、足早な足音が聞こえてきた。



「総理。小松沙織代表から、会談の申し込みがありました」秘書が、息を切らして伝える。


 小松代表が率いる左派政党は、反戦を明確に打ち出すことで、議席を伸ばしていた。


 総理は、少し驚いた表情を見せながら、「まさか、連立の話か?」と問いかけた。


「それは、まだ分かりませんが、おそらく……」秘書の声は、迷いを帯びていた。


 夫人は深く息を吸いながら、総理の目を、じっと見つめた。「もしそうだとして、どうするつもり?」


 総理はため息をつきながら、「党内の幹部たちとの間には、大きな溝ができてしまっている。連立なんてした日には……」と言葉を濁す。


「でも、あなたの選択が国の未来を左右するのよ」夫人の言葉は柔らかいが、その中には確かな決意が感じられた。


 秘書も、続けて言った。「総理、今がチャンスです。小松代表と手を組めば、政権を維持できます!」


 総理は沈んだ表情のまま、しばらく考え込んだ。そして、ゆっくりとうなずきながら、「それでは、会談の日程を調整してくれ」と命じた。



 総理と小松沙織代表は、向かい合って座り、互いの目を真剣に見つめ合った。小松代表は言った。「総理の自衛隊での訓練、私は心から尊敬しました。自分がかつて、軽はずみな発言をしたことを、今更ながらに後悔しています」


 総理は沈黙して、しばらく小松代表の言葉を味わうようにしてから、言葉を返した。「私たちは国民のため、平和を求め続けなければなりません」


 二人の間に生まれた信頼感を感じながら、ゆっくりと手を差し伸べて握手を交わした。そして、その日から二人は手を取り合い、新たな連立政権の下、国をリードしていくこととなった。この新たな組み合わせが国の未来に、どのような影響をもたらすのか。多くの国民が、注目していた。

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コンバット総理 何もなかった人 @kiyokunkikaku

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