第7話 解散総選挙
選挙戦の真っ只中、各党の党首が国民に向けて、その方針を語るテレビ特番が連日放送されていた。しかし、一人だけ例外がいた。それは、現職の総理だった。
日本中が注目する中、総理の姿は国会ではなく、ある遠隔地の自衛隊訓練場にあった。彼は、あの立派なスーツを脱ぎ、一兵卒としての迷彩服と戦闘ブーツを身に纏っていた。顔には真剣な汗が流れ、その表情は時折苦悶を露わにしていた。
「もっと早く、もっと! 総理、足上げて走るんだ!」教官の怒号が飛び交い、他の隊員たちが、どんどん先に進む中、総理は足を引きずるように走っていた。障害物コースでは、身体を低くしてバランスを取りながら進む姿は、国のトップとは思えないほど真摯だった。
教官は容赦なく、総理の限界を何度も試すかのように訓練を続けさせた。「休むな! この先、もっと過酷なのが待ってるぞ!」と叫ぶ声に、総理は必死で耐えていた。何度も転倒するものの、必ず立ち上がり、前へと進んでいった。
夜が降りてくると、総理は他の隊員たちとともに山中での生存訓練に挑む。火を起こすのも難しく、食事も制限され、過酷な条件下での訓練に、老いた体は、きっと大きな負担を感じていたことだろう。
メディアは、この姿を逐一報道し、総理の決意や覚悟が国民に伝わることとなった。国のトップが、ここまでして何を伝えたいのか。その背景にある総理の真意を、国民は今か今かと待ち望んでいた。
街頭演説のステージは、ビルの谷間に作られ、多くの市民が新党の沢田代表の言葉を待ち望み、集まっていた。夕日がビルのガラスに反射し、オレンジ色の光が人々の顔を照らしている。微かに吹く風が、沢田代表のネクタイを揺らしていた。
「総理、あなたは何を考えておられるのですか?」沢田代表の声は、力強く響き渡る。彼の言葉は、語尾を上げることで聴衆の気持ちを掴んでいた。
「そんなパフォーマンスで、国民が納得するとお思いですか?」彼は目の前にいる一人一人の市民を見つめながら、情熱的に問いかけていた。
「政治家ならば、パフォーマンスではなく、言葉を使ってください」彼の声は、少し切なく響いて、市民たちの心を打っていた。
聴衆からは拍手や声援が上がり、沢田代表の言葉に同意する人が多かった。中には涙を浮かべながら、彼の言葉に耳を傾ける者もいた。街頭のステージの周りは、感情に溢れた空気で満たされていた。
沢田代表は、手を挙げて静かに人々を鎮め、続ける。「私たちには、真実を知る権利があります。そして、私たちは真実を求めています」彼の言葉は、一つ一つが人々の心に響き渡り、街のど真ん中で、熱い政治の風が吹いていた。
灰色の雲が空を覆い、雨が降りしきる中、訓練場の広大な土地には自衛隊の隊員たちが整然と並び、銃を構えていた。その中央には、他の隊員たちとは一線を画す存在、総理がいた。彼の表情は硬く、集中していた。
指揮官の号令とともに、総理は他の隊員たちと一緒に前へと進み出る。迫るターゲットに向けてライフルを構え、引き金を引く。銃声が響くと同時に、遠くのターゲットが倒れた。しかし、総理の顔には安堵や喜びはなく、戦うことの重さを感じているようだった。
訓練が一段落した後、総理は倒れたターゲットの元へと歩いていく。そのターゲットは、人間の形を模したもので、彼の目には感情や夢を持つ、何者かの命として映っていた。その姿を映像として捉えたカメラが、総理の苦悩の表情を全国の人々に伝えた。
映像は、日常を過ごす多くの国民の目に留まった。家族と夕食をとる食卓。バーで友人と会話を楽しむ中年男性。学生たちが集まるカフェ。そこで流れる映像は、彼らに銃の重さ、戦うという行為の意味を突きつけた。沈黙が広がる中、多くの人々が考え込んだ。銃を持ち、人を撃つ。それは、どれほどの覚悟と決意が必要なのだろうか。総理の行動を通じて、国民一人一人が戦争の現実に直面し、その意味を問われる瞬間となった。
鳩が舞う、都会の広場。大勢の人々が集まり、期待と興奮の空気が広がっている。ステージには、シャープなスーツを纏った沢田代表が立ち、力強くマイクを握っていた。
「戦争は避けるべきだということは、誰にでも分かります」沢田の声は、広場の隅々まで響き渡る。彼の目には炎が灯っており、その姿勢は熱く、人々の心を引きつけた。
「しかし、政府が弱腰でいると、いつか国民の命が危険にさらされるということを、我々は危惧しているのです!」その言葉に、聴衆の中から拍手が湧き上がる。多くの人々が、沢田代表の意見に共感していたのだ。
「総理。あなたは戦ってでも、国民を守る覚悟があるのか、ないのか? 言葉で明言してください!」沢田代表の語気はさらに強まる。彼の声に、怒りと焦燥感が込められていた。
広場の人々の中には、賛同する者もいれば、疑問を抱く者もいた。しかし、一つ確かなことは、沢田代表の熱意とパッションが彼らの心を動かしていたことだった。沢田代表の言葉に、人々は自らの未来や、日本の立ち位置を真剣に考える時間となった。
模擬戦の練習場に、太陽が炎熱を放ちつつも、自衛隊員たちは熟練した動きで、一つ一つのタスクをこなしていった。その中に混ざる総理の姿は、明らかに他とは異質だった。彼の動きは鈍く、緊迫した空気の中で数回、彼は彼の前の障壁に逃げ込んだ。
自衛隊員たちの一部は総理の努力を評価し、彼を励ましていたが、他の一部は、ただただ驚きを隠せない様子だった。そしてその姿は、ニュースやSNSで次々と拡散された。
国民の間で、総理のこの行動について様々な意見が交錯する。一部は彼の勇気を称賛し、一部は彼のこの行動を批判した。しかし、総理自身は、選挙戦を通じて一度も、その理由や意図について語らなかった。
投票日。全国の投票所は、長い列を作り、国民一人一人が自らの意志を投じていった。総理の行動についての賛否両論が交差する中、選挙の結果がどうなるのか、誰も予測することはできなかった。
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