第6話 国民の怒り

 国会議事堂の中は、人々の緊張で静かだった。離島の状況が続く中、再開された国会の舞台で、総理は対面する質問主の顔を視認した。それは与党の期待の星、沢田遼議員だった。


 沢田は、自信に満ちた声で問いかけた。「総理。このまま隣国に、我が国の領土を占領され続けるおつもりですか? 国民は、怒っています。政府として、どう対応するのか、具体的にお答えください」


 会場内の空気は、一層厳重になった。多くの議員、そして国民の目が総理に注がれていた。


 総理は深呼吸をしてから答えた。「沢田議員。離島の状況については、我々も真剣に対応を考えています。しかし、国際問題には冷静に、かつ慎重に取り組む必要があります。我が国は、対話と交渉を重視してきた国です。私たちは、隣国との対話を通じて、平和的な解決を図るつもりです」


 一部の議員からは賛同の拍手が起こったが、沢田議員の目は、総理を厳しく見つめ続けていた。



 沢田議員は総理に厳しい目を向けながら、言葉を続けた。「総理。外交的解決を目指すのは理解しますが、その期間には限りがあるでしょう。我々日本国民は、自らの土地を守る決意があります。もし、外交的手段が解決へと結びつかない場合、我々は、どのような行動に出るのか、具体的にお答えください」


 総理は鋭い視線を集めながら、冷静に考えた答えを形成した。「私たちは、最後まで外交的手段を尽くすことを最優先と考えています。しかし、国民の安全と領土を守るために必要な措置を取ることは、首相としての私の最大の責任です。そのための準備は進めています」


 議場の空気は、一気に高まった。総理の答えに対する野次が飛ぶ中、一部の議員は「具体的には?」と声を上げ、総理の具体的な策を求めた。総理は微笑を浮かべながら、「今ここで、具体的な策を公言することは、我が国の安全にとって得策ではありません」と静かに言った。



 総理官邸の執務室の窓を、外の夜景が静かに照らし出している。総理は一段と疲れた顔で、ソファに沈み込んでいた。秘書は慎重に言葉を選びながら、総理の背中に手を置いた。「総理、本当にお疲れ様でした。今日の国会は、本当に難しかったと思います」


 総理は深く息を吸い込み、秘書の方を向いて言った。「正直、私も隣国に対しての感情は複雑だ。しかし、その怒りや感情をあおり、国を戦争へと向かわせるような政治をしてはならない」


 秘書は顔を伏せ、しばらくの沈黙が流れた後、総理に続けて言った。「しかし、総理。インターネットやテレビ、ラジオでは隣国への批判が次第にエスカレートしています。今、多くの国民は、その感情を抑えきれずにいます。このままでは、総理のお考えの政策は受け入れられず、政権基盤が揺らぐ可能性も……」


 総理は、その言葉に一瞬の後ろめたさを感じつつも、「それでも、正しいと信じる道を歩まなくては。国の未来のため、私たちの子供たちのためにも」と力強く言った。



 総理の執務室に響く、テレビのアナウンサーの声。その報道内容に、総理と秘書は驚きの顔を見せる。


「新党結成……不信任案提出の意向……」総理は声を失い、沈痛な表情で、そのニュースを聞いていた。一方、秘書は緊急の報告書を手に持ちながら総理の方を向いた。


「総理、すでに我々の与党議員が10名以上、沢田議員の新党に合流しているとの情報が入ってきました。このままでは、不信任案が通る可能性も……」


 総理は静かにうなずき、「分かっている。それでも私の考えは変わらない。戦争の道を選ぶのは簡単だが、その結果は予測不可能だ。我々は、外交的な解決を目指すべきだ」と力強く言った。


 秘書は額に汗を浮かべながら、「しかし、総理。このままでは政権を維持することが難しくなります。我々は、何らかの対応策を考えるべきでは?」と言葉を続けた。


 総理は深く息を吸い込み、「まず、他の与党議員たちと話をする必要がある。そして、国民に私の考えを伝える機会を持たなければ。私たちの信念を、しっかりと伝え、理解してもらうんだ」と語りかけるように言った。



 国会の議場は、異様な緊張感で包まれていた。内閣不信任案の採決が始まり、各議員の表情も硬くなった。総理は肩の力を抜いて自らの議席に座っていたが、心の中では数々の思いが交錯していたのだろう。投票が進行し、結果が可決となった瞬間、議場中から賛成の声や拍手が湧き上がった。


 総理は深く息を吸い込んだ後、記者会見の席に座り、カメラの前で冷静に宣言した。「解散総選挙を行います。今の私の言葉が議員の皆さんには届かなかったこと、心から残念に思います。だから、次は国民の皆様に直接、私の思いを伝えます」


 記者たちはフラッシュを浴びせ、緊迫した質問攻めに持ち込もうとしたが、総理は落ち着いていた。「具体的な行動で示したいと思います。言葉ではなく、行動で示すことが重要だと信じています。私の考えと意志、そして私たちが追求する未来のビジョンを理解してもらいたいと思っています」


 会見後、官邸へ戻ると、その中は静寂に包まれていた。秘書が、総理の側で宣言した。「私は、あなたについて行きます」

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