現代ファンタジー

識域のホロウライト / 伊草いずく 様

 作品名:識域のホロウライト

 作者名:伊草いずく

 URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330664680366899

 ジャンル:現代ファンタジー

 コメント記入年月日:2024年11月14日


 以下、コメント全文。


 作品を拝読致しました。

 内容はわかりやすく、親しみやすいものでした。そんな一言で済ませていいものか迷いましたが、これ以上に本作にふさわしい言葉はないと思います。というのも私がはじめて本作に触れたときには、真逆の印象を抱いていたためです。今回拝読したものは最終稿に近い位置づけとなっており、この他にかつて【旧版】、【三版】が存在していました。熱量という点ではどちらも凄まじいものだった反面、それを伝える技術や表現には磨く余地が多く残されていたと記憶しています。もちろん「本作は完璧」といえば世辞になります。それでも総合的にみて、充実したものになったことに疑いようはありません。やはり何度も改稿を重ねられたがゆえの成果でしょう。


 熱量のコントロールは、今作が最も優れていたように感じます。ここでは物語や世界観の造りを指します。以前までは作者が読者と並んで歩いていたかと思えば、事あるごとに作者が急に走り出して見えなくなるということが常でした。まさに熱量だけで書き進めてしまった場合に起こる典型です。それが本作では大幅に改善されており、少なくとも読者を置いてけぼりにすることはありませんでした。序盤の導入にはじまり、そして中盤からは特異な空間である識域が丁寧に説明されており、一切の負担なく読み進めることができました。読者の察する力に任せようとせず、自分から積極的に内容を噛み砕いて伝えようとする姿勢には改めて頭が下がります。


 主人公である佑においては平凡な高校生としてのリアリティと、仄暗いものを胸に燻ぶらせているキャラクター性が同居していたため、読者が等身大の人物として感情移入しやすいものになっていました。文章も日常パートのときには、ソフトな表現や子どもらしい独り言が随所に挟まれていて和む場面もしばしばありました。主人公の特性となる「感覚過敏」も1-1.で隠し撮りを未然に防ぐ場面から匂わされていたり、地の文で「感覚する」というフレーズが頻出していたりと、設定をこれでもかと反映した表現の数々は主人公を主人公たらしめる要因として機能していました。


 また主人公の精神的な成長が段階を踏んで描かれていたのは、とてもよい部分だと思いました。あるときは逆境に立たされて弱音を吐き出す、またあるときは他人の姿を見て己を見つめ直す。そうした内容が物語の区切りごとに用意されていたので、中弛みの少ない構成になっていたように見受けられました。こうした一連の流れはお約束、王道ともいえますが、「この作品だからこそ表現できたのだ」と読者に思わせた時点で、それはオリジナリティと呼んでも差し支えないはずです。作中では主人公を普通の一人の人間として、ヒーローとして、両側面から書き起こそうとする試みが多くみられました。地の文を完全な一人称視点にされたことも大きいのではないでしょうか。それらの工夫が、読者が寄り添いたいと思う主人公の造形につながっていた印象です。


 文章表現に関しては、おおむね安定していました。もとより高水準なものなので、筆の乗りすぎによる暴走さえ注意すれば問題はないはずです。【旧版】や【三版】では客観的にみても読みにくい部分が多かったですが、最終稿ではほとんど気にならないレベルにまで抑えられていました。別の課題点が残るとはいえ、こちらは適切に処理すれば個人の好みで割り切れなくもないと思います。硬質な筆致の緩衝材として今回はソフトな表現も活用されるようになり、ほどよいバランスに仕上がっていました。それに伴い、きめ細やかでゆとりのある物語の流れを感じられました。これまでに培ってこられた技術と感性をそのままに、さらにもう一段クオリティを上げられたのだと感動致しました。


 では、続いては気になった点を述べていきます。どこかしら通ずる部分があるかもしれないので、以下に【旧版】と【三版】を拝読した際の私見を記した原稿のページを貼っておきます。必要に応じて、ご活用ください。ちなみに伊草様は本作品で公募に挑まれるということなので指摘はいつもより細かめ、かつ踏み込んだものになっています。


 識域のホロウライト / 伊草いずく 様

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668981316726/episodes/16817330669055931890

 識域のホロウライト【旧版】/ 伊草いずく 様

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668981316726/episodes/16817330669058243279


 気になった点は以下の五つです。

 ➀地の文について

 ➁ 序盤の掴みの生かしどころ

 ➂ 視点変更のリスク

 ➃ 画一化された女性キャラたちと由祈の差別化

 ➄終盤の魅せ方への提案


 それでは、まずは➀の地の文について。

 いつかの近況ノートでのやり取りで伊草様からは「老成した格好いい語りが好きだ」と伺っていましたが、その心情を汲んだとしても違和感のある表現が散在しています。本来ならば悪目立ちしないはずが、一人称視点を使ったばかりに裏目に出てしまったと考えています。というのも一人称視点の語りは主人公の年齢や知性に依存します。いわば個人の思いを代弁するためです。その主人公は高校生。それが「憚られる」、「膂力」、「屹立」、「~の身の上」、「余儀なく」、「~とあいなった」という言葉を使うのは、大人びているというよりは不自然に感じます。特に言葉遣いへの理由づけもないので、初見の方にはマイナスのイメージを与えかねません。


 主人公の容姿の説明、匂わせ描写、緊迫した場面なども同様です。視点の保持者の状況に反して、客観的で尖った表現が目立ちます。容姿の説明はもう少しシンプルにしていただくとして、まずは匂わせ描写ですね。これは章や場面の区切りに挟まれる「そのとき、俺はこれから待ち受ける運命を知る由もなかった」という文を指します。こちらはあまりプラスに働かないと思います。俯瞰的な語りは、一人称視点ならではの没入感を阻害してしまいます。映画のワンシーンに、機材を担いだ裏方がはっきりと映り込んでしまった。みたいな感覚です。主人公の身に起こるであろう出来事を匂わせるのは、プロローグだけでも事足ります。読者目線ではプロローグを読んだだけで、そのあとの本編から結末までの紆余曲折を把握できるので。


 緊迫した場面でも、一人称視点ならば焦りや恐怖、怒りを前面に押し出した方が効果的です。ここで凝った言い回しや熟語を使いすぎると、かえって緊迫感が薄れてしまいます。以前の稿と比較すると全体的に文章は読みやすくなっている一方、見せ場では一文の中で熟語や尖った表現が連発される傾向にあります。文が長く難しいと読者の目が滑りやすくなり、場面のスピード感も落ちます。緊迫感を生むには、そうした表現と直感的な短文との併用が有効です。熟語はあまり連発すると、場面の動き以上の字数を生じさせてしまう原因となります。1-5.あたりの大蜘蛛とのチェイス、終盤の葬奏者との戦闘では主人公の性格を抜きにしても、そのことが顕著でした。


 どの課題点にも共通しているのは一人称視点なのに、地の文が三人称視点に近いということです。そのために場面の没入感が低くなり、一人称視点のメリットを生かせていないのが現状だといえます。これらの課題点は本作が三人称視点の作品だったならば、なんの問題にもなりませんでした。それだけに惜しいと感じたのは事実です。ただし、いまさら全編改稿をするのは現実的ではありませんし、そんなことを強いるつもりもないので、別の改善案をここでは記すことにします。


 たとえば1-1.でかませ犬となる人物を利用して、主人公の人となりを紹介するのはどうでしょうか。彼が主人公に対して「キザな野郎だぜ」や「孤高を気取ってるのか」などの台詞をこぼし、それを通して読者が主人公の性格を掴めるようにする。あるいは主人公の諦観にも似た哲学を早めに出す、読書が好き(想像力と表現力に富んでいる)という設定を足してみるなど。ヒロインとのやり取りで主人公が背伸びした言動を好むのは明らかになるので、そうした部分をさらに早い段階で開示する作戦です。独特な一人称視点の理由を駆け出しから伝えることができれば、初見の方が違和感を持つリスクを減らせるかと思います。


 文字の嵩張りについては一概に悪いとも言い切れません。作者の個性といえばそれまでの話なので。しかし、仮にご自身でも磨く余地が残されていると思われているのならば、書かれた文章を音読してみるといいかもしれません。読み進めているわりには場面が動かないと感じた場合、それは一文ごとに単語を詰め込みすぎている証拠です。表現力が高いことは事実である一方、それをアピールしすぎると「かえって最低限の情報が伝わらない」という事態を招きます。最終稿では表現の暴走がかなり抑えられていたので、あとは特定の見せ場を除いて、表現の質をなるべく維持しておくことが肝要といえます。


 次に➁、序盤の掴みの生かしどころ。

 本作はパルクールから始まった物語にもかかわらず、それが生きる場面は限定的でした。せいぜい大蜘蛛とのチェイスくらいでしょうか。識域内では個々の身体能力は移動技術に影響せず、パルクール自体が「攻撃」より「回避」に向いているせいもあります。たとえパルクールが主人公の感覚過敏による副産物であったとしても、もう一つほど生きる場面がほしいとは思いました。やはり作品の掴みとして機能させた以上は。戦闘に取り入れるのは設定上無理があるので、さりげなく日常パートに小話を追加してもいい気はします。現実世界でのプライベートな時間でパルクールをして、主人公はその魅力(空間に縛られない自由さ、爽快感)を自分の願いに重ねる。という風に、物語のテーマを補強するための小道具として活用するのもアリかと思います。


 続いて➂、視点変更のリスク。

 作中では何度か視点とその保持者が変わります。代表的なものだと1-4.、I-1.、4-3(-1).、4-5.、6-1.、7-8.など。これらの中には必要性を感じるものと、そうでないものとがありました。三人称視点ならばまだしも、一人称視点で視点変更をするのはリスクを伴います。最近の公募では原理主義的な色は薄れてきているとはいえ、担当者に「この場面は、視点を変えてまで書く必要があったのかな」と思われた時点で減点されかねません。メリットもあるが、それと同じくらいにリスクもある行為だと私は考えています。


 伊草様の挑まれる公募の毛色を知らないので的を射たことは書けませんが、一人称視点で書ける場面は一人称視点で書いた方が無難です。たとえばI-1.ならば、主人公たちの前で葬奏者は人の願いを弄び、「歌姫の寵愛を受けるべきは貴様ら凡百の民ではなく、この私なのだ」と口にする。そうして彼が他の逸路とは一線を画すと匂わせる。他には4-3(-1).の序盤では風原たちと主人公たちを先に合流させておき、それから蜂の急襲を華麗に捌く場面を書くなど。一工夫するだけで、視点の保持者を変えずに似た内容を書けます。映像作品のような盛り上がりや劇的な登場を書くには厳しい箇所もありますが、読者に突っ込まれる可能性は格段に下がります。まあ、上記の内容は私のお節介にすぎないので、好みやこだわりを優先していただいても構いません。


 そして➃、画一化された女性キャラたちと由祈の差別化。

 本作に登場する女性キャラの性格は、画一化されている気がしました。脇役のアイドルたちに、ヒロイン枠となる由祈や七彩。中でも七彩のキャラ変更——クールビューティーから不思議ちゃんへ——が響いていると考えられます。当然、良い部分もあるのですが、これによって皆の個性が弱くなったのは否めません。由祈に関してはキーパーソンであるだけに、悪い意味で目立たなくなるのはもったいないと思いました。まずは由祈の出番が七彩に食われている状況をなんとかする必要があります。願わくばお祭りの花火の場面の他に、あと一つか二つ主人公と由祈だけの場面がほしいです。


 二人だけの会話で由祈をさらに掘り下げる。両親や家庭環境の話に加えて、聡い一面を強調してもいいでしょう。普段の自由気ままな行いの裏にある主人公への信頼、彼の願いを大事に思うからこその危うさなど、一言ではまとめられない由祈の輪郭をさらに丁寧になぞってみてはいかがでしょうか。そうした下準備があれば終盤の展開に余韻が生まれ、読者は主人公と由祈の両者に感情移入することになります。おそらく伊草様は二人の対比構造と、そこから生まれる「どちらにも死んでほしくない」という状況の演出を狙われているはずなので。


 由祈の造形に触れたついでにもう一点、言及させていただきます。こちらは提案というよりは独り言に近いので、小休止と思っていただければ。それではいきます。私は由祈の正体について、逸路と人間の混ざった器にしても面白いのではと考えていました。彼女は過去に逸路に殺されて体を奪われたが、願いの強さから「成り代わり」を防いで逆に逸路を取り込んだ。そこに「全知の欠片」も加わったイレギュラー。異能は時間の巻き戻し。主人公の願いを引き出すために葬奏者とはグルになり、自分が逸路に狙われている偽情報を流した。識域は彼女と主人公の願いを曲解したもので、逡巡と諦観の入り混じったものになっている。という感じです。……なんだか醜悪なものになってしまいましたね。


 気を取り直して➄、終盤の魅せ方への提案。

 現状では主人公は、由祈においしいところを全部持っていかれたようにみえます。これはこれで感動的な結末ではあったものの、主人公を陰に追いやってしまった風にも感じるのが正直なところです。本作のジャンル、ターゲット層を意識するならば、締めは主人公にさせるのが王道であり必然です。主人公の心情としても「やっぱり、憧れのあいつには勝てないなあ」よりも「憧れと肩を並べられた、これからはあいつのぶんまで俺が生きる」の方が気概を感じられます。


 なので終盤の破滅の星を堕とし続ける場面では、主人公と由祈の共闘にした方が映えると思います。二人で星を堕としていき、その過程で由祈は致命傷を、主人公は空想を枯渇させてしまう。残る星は一つ。力尽きる寸前の由祈は「勝ってよ、佑。あんなもんに負けんな」と主人公に最後の弾薬筒を託す。主人公は〝由祈の願い〟を空想に装填して星を穿ち抜く。といった両者をなんらかの形で魅せる演出で、物語を締めることができれば文句なしです。これはあくまでも一例にすぎないので、伊草様なりの味付けをしてください。ようは比重の問題です。どちらかといえば主人公をメインに据えつつ、ヒロインにも重要な役を与える。そこを満たせば本作は、十全たるものに限りなく近づくこと請け合いです。


 最後に気づいた範囲での誤字脱字の報告をします。

 意図的な助詞の省略か否か判断しかねる点もあったので、とりあえず気になった箇所はすべて羅列しています。その他、「葬奏者」については初回登場時の漢字に倣っています。ワープロソフトなどに原本があるのなら、修正される際は一括変換で対応できるかと思います。以下がその一覧になります。


 1-2.より:タイミング、軌道を読み、振り返りざまゆるく手を上げてガードした。→振り返りざまに。

 1-5(-1).より:「“落ちて死ね”って言われてるか!?」→言われてるのか。

       :着地地点そば、進行方向には、二つ並んだ大煙突。→着地地点のそば。

 1-6.より:熱持つ右腕を中心に、周囲の状態が進行形で、つぶさに精神へと伝わってくる。→熱を持つ。

 2-2.より:嬲られ、頭蓋を剥がれ、内臓を漁られた死骸の惨状が、脳裏で幾つと閃く。→頭蓋を剥がされ。

 2-5(-4).より:能力に制限を架されてなお先手を取れるのは、最速の環境把握を可能とする五感、視覚に秀でているからだ。→制限を課されて。

 2-6.より:見つめて来るジト目に対し、視線を逸らさざるを得ない。→逸らせざる。

 3-1.より:知りたい、知るべきだという思いと、今すぐこの部屋から逃げ出して聞かなかったことにしたいという衝動が同時に顔をもたげて、思考がひどくぐらついた。→頭をもたげて。

 3-4.より:胸の奥でやましい思いが不意に顔をもたげる。→頭をもたげる。

 6-2.より:『~~、固有名“葬送者”~~』→葬奏者。

     :~~、“葬送者”と呼ばれた男の側方、~~。→葬奏者。

 6-3.より:そう告げながら、葬送者は指を一つ打ち鳴らす。→葬奏者。

     :葬送者の言葉を指揮の合図としたかのように、~~。→葬奏者。

     :ゆえに我が名は葬送者。→葬奏者。

 6-4.より:~~、稼ぎ出した一瞬の隙に葬送者へと攻撃をしかける。→葬奏者。

     :~~、高みから見下ろす葬送者があざけるような言葉を降らせる。→葬奏者。

     :だが、それを葬送者は使用した。→葬奏者。

     :“奏者”である葬送者は隔絶された高みで悲劇を操り続け、~~。→葬奏者。

 6-5.より:葬送者を名乗る、今ここにいるお前という存在は。→葬奏者。

 6-6(-1).より:葬送者を僭称する男がうろたえ、声を張り上げる。→葬奏者。

 6-6(-2).より:葬送者の死と共に絶えていたはずの歌声が復活し、~~。→葬奏者。

 7-1.より:葬送者。→葬奏者。

 7-5.より:葬送者の指揮とは明確に質を異にする、~~。→葬奏者。

     :~~、爆音ともなう派手な落下を開始する。→爆音のともなう。

     :~~、態勢を崩した時が一撃の好機。→体勢。

 7-8.より:あわせての発言から、それが葬送者である可能性はまず除外される。→葬奏者。

     :“直衛佑は葬送者と戦う”。→葬奏者。

     :“葬送者は本来なら隠密裏に儀式を実行できるはずだった。→葬奏者。

     :“五十三度の周回で、仰木由祈は、自身と葬送者、~~。→葬奏者。

 8-1.より:『違わい。ちゃんと考えてそうなったんです』→違うわい?


 公募の下読みでは、「通す理由」よりも「落とす理由」に目が向けられがちなはずです。その方が選別は楽なので。内容の良し悪し以前に、担当者の好みに左右されることもあるでしょう。選考の際にはなにが起こるかわかりませんが、一個人として本作は一次選考を通過できるものだと確信しています。現段階での原稿の仕上がり、そして締め切りまでの追い込みをもってすれば、それは確実なものになるかと思います。引き続き良い部分は伸ばしつつ、時間の許す限り細部を固めていってください。本作が伊草様にとって、大勢の読者にとってかけがえのないものになることを陰ながら祈っています。

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