現代ファンタジー
【旧版】識域のホロウライト / 伊草いずく 様
作品名:【旧版】識域のホロウライト
作者名:伊草いずく
URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330662203446684
ジャンル:現代ファンタジー
コメント記入年月日:2023年11月6日
以下、コメント全文。
この度は『熟読&批評します』企画にご参加いただき、ありがとうございました。
主催者の島流しにされた男爵イモです。作品の方を拝読致しました。
およそ12万字の長編小説として、細かな瑕疵はあれども、完成度の高いものに仕上がっていたと思います。『願い』が題材になっていたこともあり、作品からはメッセージ性を感じ取ることができました。その大きな要因は黒幕である由祈が、完全な悪役として描かれていなかったことにあるのではないでしょうか。由祈をはじめ、文香や予言者。佑との親密度に違いこそあるものの、それぞれ佑に救われた人物たちです。各々の願いのために行動して、ある者は散り、ある者は生きることになる。主人公サイドから見れば由祈は敵になりますが、その敵にも同情の余地があったことが絶妙な読後感につながっていた印象です。
本作の美点はそこにあると思います。物語の構成。それを通して読者に訴えかける、『願い』に含まれた掛け値なしの情愛。それが分かりやすく、かつ尤もらしく物語の中で表現されていたことは高く評価できます。その他、文章表現も練度次第では強みとなるでしょう。単語選びや比喩表現、心理描写など。現状では悪目立ちしている部分が多い一方、このスキルは他作品と差別化を図る武器にもなります。ラノベの公募では「文章力よりも内容が大事」という傾向にあります。極端な話、文章が作文レベルでも中身に光るものがあれば、一次選考は突破する可能性があるわけです。そうしたことが「ラノベ作家は、他ジャンルを書く作家よりも文章力に劣る」という風潮につながっているわけですが、伊草様の作風はそんな偏見を壊すポテンシャルを秘めています。なぜなら、文章力が卓越しているのですから。作品の中身も光るものはあると思います。なので、次はそうした美点をどれだけ研ぎ澄ますことができるのか、ラノベ読者の気持ちに寄り添えるのかが大事になってきます。
ということで、続いては気になった点をいくつか挙げていきます。
三版で改善されている部分(読点の多さ、序盤の作り替え)や視点の問題は除いて、3つになります。それぞれ番号を振りました。一つずつ順番にまとめていきます。
➀伊草様のクセについて
➁物語の構成への所見
➂由祈の設定と動機への提案
まずは➀、伊草様のクセについて。
これは言わずもがな、文章表現についてです。通読したからこそわかりましたが、装飾過多な文章は伊草様のクセのようです。誰かの影響を受けている、あるいは無意識にそうされているのか。一概に悪いこととは言えないですが、過ぎたるは猶及ばざるが如し。作中では、必要以上に難解な単語が並ぶことが多いです。そのうえで多用される表現もいくつかありました。横溢や蒼穹、鈴を転がす。また、必要以上に文章が装飾されていることによって、作品の字数を圧迫している場面もしばしば(こちらは、のちほど詳しく説明します)。
後者はまだしも、二字熟語や比喩表現を連発することは裏目に出ることがあります。読者は単語の意味を調べるために読書を中断したり、単純に読み進めることに疲れてしまったりと。普段あまり使わないような熟語を使えば「筆力がある」と読者に伝わる一方で、場面の状況を正確に伝えられないリスクも高まります。そのことにより抽象的な表現と話運びが生まれ、肝心な場面の移り変わりがわかりづらくなってしまいます。こうした現象は、序盤でのサソリとの対峙場面や戦闘描写において顕著でした。一つ、例を挙げてみます。他人の書いた文章ならば、違和感に気づきやすくなるかもしれないので。
(例)目を覚ますと、辺りには暗闇が広がっていた。
帳の如く降りた瞼により隔絶されし彼我の道程、それは瞬きにより虚空を結ぶ。
上段と下段、私はどちらも同じ意味を込めて書きました。しかし、読者目線ではどう見えるでしょうか。下は硬い雰囲気が出ますが、意味の伝わりやすさでは上に軍配が上がるかと。これは大袈裟な例ですが、伊草様の文章もエスカレートすれば、これに近いものになるかもしれません。それに伴い、こうしたことは前述した作品の字数を圧迫することにもつながります。こちらは本文から引用したうえで、改善案を提示させていただきます。
4-1より引用
確かに現状、家事その他で取られている時間はかなり多い。
姉と分担するなり、買い置きで済ませるなりして軽減処置を取れば、捻出できる猶与はそれなりのものになるだろう。
→たしかに今は、家事などで時間の大半を取られている。
姉と分担するなり、買い置きするなり工夫すれば、それなりの時間を確保できるだろう。
変更点は、平易な表現や字数の圧縮。二文だけではさほど違いはないでしょうが、長編ではこの積み重ねが大切です。平易な表現は読者の読解の負担を減らし、節約できた字数は物語の展開に幅を持たせることにつながります。少なくともラノベ読者は、学術書や歴史書を読むような気持ちでページをめくらないはずです。文章表現は基本的にはスムーズさを意識して、戦闘や心理描写などで局所的に、伊草様の強みである個性的な文章表現を使っていただければと思います。
続いては➁、物語の構成への所見。
こちらは作品を通読して「文字数に対して、場面の数が少ない」という印象を抱きました。理由は話の流れが単調であること、場面ごとに過分に文字数を割いていること(➀の問題)が挙げられます。程度の異なる逸路との戦闘、その過程で明かされる作中設定や心理描写。形としては綺麗なのですが、綺麗すぎるあまり地味な作品になっているといいますか。良く言えば堅実、悪く言えば予想の域を出ない。そんな物語が展開されていました。個人的にはもっと日常や人物を掘り下げて、作中での「謎」に言及しても面白いのではと思います。
たとえば由祈や文香と過ごす日常。これを戦闘の合間の小休止ではなく、それぞれの日常を切り取った場面にするなど。由祈に関してはアイドルであることを生かし、特別にライブに佑を招待する。その流れで偶像や願いの話に触れ、由祈の人物像を詳しく書き込む。文香の場合は佑が買い物に付き合わせ、偏食を直させるために飲食店巡りに引っ張り回す。強引な交友を経て文香は心を開き、過去を仄めかすような言葉を口にする。そうした人物に愛着が湧く、核心に触れるような内容が含まれると、のちの急展開に意外性が生まれるのではないでしょうか。読者には人物たちに感情移入させ、あえて期待を裏切る。それによるショックを話の締め方で救う。そうして読者の『願い』も叶えることができれば、本作の構成に注文をつける余地はなくなるでしょう。
そして➂、由祈の設定と動機への提案。
まず設定については、アイドルである必要が薄いように感じました。人物背景や識装を書くうえで欠かせない要素である反面、そのことが生きる場面は限定的です。アイドルにこだわらないのであれば、ネットアイドルでも良いのではと思います。歌い手や雑談配信、ゲーム実況。なんなら佑のパルクール動画を作る手伝いをしている、でも。視聴者の願いに応える偶像。親との不仲や孤独を紛らわせるために活動を始めた、という設定につなげることもできます。もしくは現状の設定で書き続けるのなら、アイドルであることを描写できる場面を足すことをオススメします。キーパーソンであるだけに、日常以外の場面もあった方が一人の人物としてより映えるはずです。
続いては動機。由祈の願いですね。
これは素朴な疑問なのですが、「世界を壊す」は「佑を含め、多くの人の願いを踏みにじる」と同義ではないでしょうか。三版の梗概を読んで、そういう風に感じました。であるならば由祈の願いに佑が共感する理由はなく、佑を救うことも端からできないのではと。世界を壊すことが具体的になにを指すのかはわかりませんが、生きづらい環境になることは間違いないでしょう。そうなった場合、由祈の願いは「わがまま」になってしまうのではと思うのです。佑が不幸になるなら、みんな不幸になればいいという風に。トロッコ問題でたとえるなら、「片方が生き残るのは不公平だから、両方のレールにトロッコを走らせよう」としているようなものです。これでは話の流れに不都合が生じるのではないでしょうか。
私が由祈の動機を書くのなら、「識域の中に理想郷を作る」にします。
卓越した空想の力を最大限に使い、由祈は現世を自らの識域に取り込もうと企む。建前上は誰も死なない、苦しみのない世界。佑は識域の中で由祈や文香と過ごし、家族と死別した傷を癒すことができる。だが、識域を維持するために無関係な人々は吸収されていく。まさしく佑のためだけに創られた理想郷。佑の偶像であること、救いであることを利用して、由祈は佑を説得する。求めるものを示され、葛藤する佑。そこに「残酷さを知る人がなお抱く“願い”こそが世界には必要だ」という文香の言葉がかかる。それによって佑は葛藤を振り切り、由祈の計画を止める。戦闘に敗れた由祈は、佑の優しさとそれゆえに抱える苦しみに同情と淡い恋心を口にする。そうして最後は、自身の願いを託して息を引き取る。
という締め方です。陳腐さはあるものの、こちらは二人の願いの対比構造と感情移入のしやすさに意識を向けたものになります。別に、この案を採用することはありません。話半分に流す、部分的に採用するといった判断はすべて伊草様に委ねます。
最後に、気づいた範囲で誤字の報告を。
6-1より:つまんないな、あっさり取れてもそれはそれで。→撮られても
6-2より:一匹目に続き、汚れた牙を剥きだしにして表れた怪物を→現れた
以上、長々と失礼しました。
もし批評に関してご不明な点や不備があれば、私の近況ノート『11/3開催 自主企画専用ページ』にて対応致します。ご要望に応じて批評内容の解説も致しますので、気軽にご活用ください。それでは、一旦これにて。少しでも創作活動のお役に立てたのなら幸いです。
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