冷風の中で、「わたしはここよ」とグレーテルは言う。誰に?

「樹木の影が消えて、白い平野になった」と川端風に始まる物語。
しかしここはヨーロッパで、グレーテルが凍り付いた河の上を歩いている。背後の森から吹き付ける風の中、
「わたしはここよ」、とグレーテルは言う。誰に言っているのか、それは後でわかる。

ヘンゼルとグレーテルの兄妹が死んだ。ヘンゼルは森の中、グレーテルの遺体は凍河の上で。崖の下に落ちた兄は転落死、妹は凍死だった。カウフンゲンの森の家でともに暮らしていた兄妹が、なぜ、別々のところで死んでいたのか。
  
そのミステリーを解くのはリウドルフという貴族のクールな美男。
しかし、彼は「売女の弟」と呼ばれて育ったのだ。
姉のリツィアは売女ではなかったが、十五歳の時から貴族の隠された愛人だった。美しい姉は引き取られた貴族の家からさらにもっと上の大貴族に差し出されたが、五歳年下のリウドルフの方はその聡明さを認められて、そのままその貴族の養子となった。
教育も、マナーも、姉を犠牲にしたことで授けられた恩恵なのだ。

リウドルフは偶然、最初の養父母の家で仕えてくれた乳母と再会し、乳母の姪の産んだ兄妹が相次いで不審死を遂げたことを知る。その兄妹というのがヘーゼルとグレーテルなのだ。

リドウルフは犯人を割り出し、謎を解明する。
姉からは、老いた乳母のために奔走した弟に礼を述べる愛情あふれる手紙がきた。リウドルフは姉とは会わないと決めている。
パドヴァの大学の教師がリウドルフに教えてくれた。
「お前と姉は血が繋がっていないのだよ」と。
愛を告げるには遅すぎ、二人とも大きくなり過ぎた。届かない背中。
 
グレーテルが束縛する兄のところから逃げ出し、追いかけていったのは新兵徴募官の騎士だった。こちらの声も、届かない。

これがふたつの自主企画のために書かれた物語だとは思えないほど(誉め言葉です)とても緻密で高度な作品。朝吹さんがこのアイデアをどこから得られて、構想されていったのか、ぜひ知りたいところです。朝吹さん、天才じゃないですか。

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