魔法剣士と腐れ縁
第7話 「脚本ん」、教職十年目の正念場
「ケイウッド先生、まだここにいたんですか!? 新入生の受け入れ式典、もう始まりますよ」
半開きになったドア越しに、若手職員のミリアム嬢が俺を呼んだ。
「ああ、もうそんな時間か。すぐ行くよ……少し散らかしてるが大事な資料の捜索中なんだ、立ち入らないでおいてくれ」
「えー、またですか。もう、先生はなんでそんなに片付けが杜撰なんです?」
耳が痛い。だが十年越しでこね回しているシナリオを最優先事項として脳内に抱えていると、現実の些事などにはなかなか手が回らない。
「……頭の中の整理だけで、いっぱいいっぱいでねえ。それに、もっと杜撰な人を知ってるもんだから」
理由になんないですよ、と冷たく吐き捨てると、ミリアムは次の業務に向かうべく廊下を小走りに駆け去っていった。
あれから十四年の歳月があっという間に過ぎ去った。
俺は予期した通り学園に残り、魔術を学ぶ後進の指導に当たる立場になっている。そして今日はいよいよ今次周回の転生者、アルマン・ベリルが編入してくるその日だ。
彼のすぐ身近、実家を中心に監視を続けていた「
さて。アルマンの抱く人生の理想、想定プランというやつだが。
彼自身の素質と、「
騎士の父から受け継いだ剣技と二歳児の時点から我流も交えて研鑽した魔法を活かし、規格外というかやや型破りの魔法剣士として成長しつつあるのだが。
どうやら彼は王国の軍に所属してそこで立身を図るよりも、もっと自由が効く立場を望んでいるらしかった。
分からなくはない。都から離れた土地に小さな荘園を持つ騎士、という程度では、王侯貴族の子弟がひしめく学院や軍で立身につながるような成果を上げるのは難しいだろう。
彼の立場は俺と似ている。俺自身も出自は地方の豪農、なおかついくつかの小商いも手掛けている、という程度の家だ。
俺が学院で戦闘魔法の主任講師という現在の地位を手にするまでには、数度の従軍も含めてこの十年ほど、表面的にはかなりの苦労を重ねた形になっている。
まあさておき。アルマン君が現在描く将来の路線図とは、学院でそれなりの人脈やコネを築いた上で、程よい感じに何か問題を起こすか、誰かが起こした問題の責任を不当におっかぶせられる、といった感じでドロップアウトする事。
その上で冒険者とか遊歴の騎士として名声と富を蓄え、在野の実力ある人物という立場で面白おかしく生きる、というものだった――よくわからん。どことなくあの転生者が書いた写本に似ているような気もするが。
(まあ、こっちとしては彼が満足して人生を終えてくれれば、何だってかまわんのだけどな……)
彼の想定プランは、まあ俺の組んだ
彼がこれから学院で経験するのは、本腰の恋愛には発展しないタイプの異性の友人にしてライバルとの出会いと、二人でくぐり抜け対処する危機と冒険の日々――その予定だ。
「手鏡」が振動し、ハトの鳴き声のような音が小さく響いた。発信者は、アストリッドだ。
〈『
「構わんが、これから式典に列するところだ。人前で
〈分かったわよ、それで……やっぱりあの仕込み、私がやらなきゃダメなの?〉
「……拒否したくなる気持ちは分かる。だが、何度もシミュレーションを繰り返して、アルマンとイイ感じの腐れ縁になるには、この方法がベストという結論は出ているんだ」
〈……せめてさ、下着はつけさせてくれないかしら。私だってほら、い、いちおう女の子だし……全裸ってのはちょっと!〉
少し考える。もっともな話ではあるし――いざとなると羞恥でアストリッドがまともに動けない、という可能性もあるわけで。
「わかった。良いだろう、肝心なのは君が肌をさらすことではなく、アルマンを拘束して強引に決闘へ引っ張り出すことだからな」
〈ふむ。言質、頂いたわよ……ケイウッド先生〉
首筋に刃物を突き付けられるのに似た、ひやりとした感覚。彼女は時々こんな風に、俺の黒幕めいた立場にゆさぶりをかける、という意思をちらつかせるのだ。
「ケイウッド先生」と彼女が言うのはつまり、「学院での地位は大切に保全したいんですよね、私の発言次第では吹っ飛びますよ」という意味である。
「
「ま、まあ結果さえ出してくれれば、途中の細部はどうでも良い事さ。私はアドリブには寛容なタイプの脚本家なんでね……しっかり頼むよ」
通話を終えて講堂へ向かう。開始前に何とか滑り込んで、俺は列の中に事前に知らされたアルマン君の風貌を目探しした。
転生者の人生を陰からサポート、俺達プロの請負い集団。なお現在二十八期目 冴吹稔 @seabuki
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