第6話 不格好な布石

 「手鏡」を起動して「乳母ナニー」を呼び出した。十秒ほど待たされたが、どうにかしびれを切らさずに済んだ。

 

〈あら、『脚本ダイホンん』? ご苦労様、アストリッドの件は無事に済んだって、『ドス黒糸目』から報告が〉


(ムスゥ)

 のんきそうな声と口調に、我知らず不機嫌そうな喉声が漏れた。

 

〈……あったわよ。どうしたの〉


「どうしたの、じゃないだろ。アストリッドの熱病は別に俺が来なくても、『糸目』が処方した薬湯で事なきを得たようだし。この機会に何か繋ぎを作っておくにしてもさ、相手は生後三カ月の乳児だぞ。やっと目が開いて首が据わったくらいだ、今会ったところで物心つく頃には何も覚えちゃいないぜ」


〈まあ、いちいちごもっともねぇ〉


「分かってるんじゃないか。じゃあ、俺は何のためにここまでんだ? だいたい、あんた自分で『来て』って言っておいて子爵の城にはいなかったじゃないか」


〈いたわよ?〉


「どこに?」


〈ひ・み・つ♡〉


 クッソ、凄いムカつく! なんだこのクソ軟体おっぱいメイド……!」←

 

〈声に出てるわよ?〉


「あっ」


〈まあ、三話前を読み返してもらえばわかるけど私『余裕があったら』としか言ってないのよね。どういう形でアストリッドとのつながりを作っておくかはそちらの裁量ってつもりだったんだけど。思いつかなかったって事なら、しょうがないじゃない〉


「うっガッ、がぎぐゲゲゲごが……」


 なんてことだ。完全に遊ばれている形じゃないか。

 

「まぁいい……タネ本は二冊手に入ったし、転移呪文に使った触媒の代金は糸目から渡された金で補填はできる……ああ、だがそれでもなんか割り切れないものはあるな」


〈んんー、『脚本ダイホンん』は根が真面目なのよねえ……じゃあ、アイデアを一つ進呈するわ、いかが?」


脚本シナリオは俺の仕事のはずなのに……」


〈いいから。このくらいの仕込みは私や『ドス黒糸目』に任せなさいって。でね、あいつ糸目の名義でもあなたのでもいいから、置き手紙を作りなさい。『成長して王都に上がったら学院のケイウッドを尋ねなさい』ってね」


「ははあ」


 まあ、標的ターゲットと同世代のアストリッドを引き込むことになった時点で、俺のこの周回での進路は『学院での指導、研究』とほぼ決まっている。

 ゲキダンに加わったのちはアストリッドにも「乳母ナニー」から指示が飛ぶようにはなるが、親を納得させるには、嬰児の頃から目を掛けられた指導者が、というのは好材料になる事だろう――俺にはもう、異を唱える余地もない。

 

 ため息をつきながら手持ちの羊皮紙を二枚(書き損じが一枚だ)消費し、やっと手紙を書きあげると、待ち構えたように窓辺に一羽のフクロウが飛来していた。

 こいつは「乳母ナニーが夜間、短距離の郵送に用いる使役獣ファミリアだ。

 筒状に丸めた手紙を脚に括り付けてやると、フクロウは音もなく羽ばたいて、夜の空を城へ向かって飛んで行った。

 


    * * *

    

    

 翌日の朝、宿駅で馬を借りて二日かけて王都まで舞い戻った。イサックと顔を合わせると案の定、何やら心配そうに問いただしてきた。

 

「なあ、ケイウッド君。この間のあれだけど……一体」


「ああ、ご心配なく。ちょっと急な呼び出しを受けましてね。転移術の巻物を使ったんですよ。ほら、例の伝手から回してもらったやつがあったんで」


「何とまあ! 失礼ながら、君は庶民の出だと思ったんだが……流石に奨学生にまでなるくらいだ、必要な時はもの惜しみしないんだなあ」


「ええ、何せ三代前からの成り上がりものですからね。『やるなら太く、出来れば長く』が家訓でして」


 人生二十七回分付き合って性格を飲み込んでいるだけに、いとも簡単に丸め込めてしまう。イザックはいい奴なのでやはりちょっと心苦しい。

 日を改めてどこかで、一緒に食事でもしようと約束を取り付けて、俺はそのまま自室に籠った。

 

「さて、このネタ本だが……」


 奥付の記載が古い方から先に、冒頭から精読していく。書かれた時代はやはり三百年ほど前。相当に古いものだがよく保存されていて、若干の擦り傷やシミがある以外は判読に困る箇所もない。

 

 その時代にはまだ現在のような印刷技術もなかったようで、羊皮紙に鵞ペンで一字一字丁寧にしたためられていた。転生者本人が書いたものだとすると、相当に手間暇がかかったことだろう。内容は――なるほど、好色めいて通俗的だが、確かに面白かった。印刷技術がある時代であれば、これを多部数刷って売ればかなりの収入になったに違いない。作者はさぞ悔しかっただろう。

 

 だがしかし、これを下敷きにして今後の「脚本シナリオ」を考えるとなると。


(ちょっとこれ、アストリッドがゲキダンで動く時の年齢を考えるに、かなり可哀想なことになりゃしないかな……)


 なにせ、それらの本の中では、主人公の周りに集まってくる同年代の少女たちが、やたらと着替えを覗かれたり、風呂場で鉢合わせたり、思わぬアクシデントで胸に主人公の顔が押し付けられたりする。

 

 そうやってできたきっかけで恋仲になったりならなかったりするのだが、果たしてそれが、少女たちにとって幸せなのかどうか、俺には大いに疑問に感じられたのだ―― 

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