第6話 不格好な布石
「手鏡」を起動して「
〈あら、『
(ムスゥ)
のんきそうな声と口調に、我知らず不機嫌そうな喉声が漏れた。
〈……あったわよ。どうしたの〉
「どうしたの、じゃないだろ。アストリッドの熱病は別に俺が来なくても、『糸目』が処方した薬湯で事なきを得たようだし。この機会に何か繋ぎを作っておくにしてもさ、相手は生後三カ月の乳児だぞ。やっと目が開いて首が据わったくらいだ、今会ったところで物心つく頃には何も覚えちゃいないぜ」
〈まあ、いちいちごもっともねぇ〉
「分かってるんじゃないか。じゃあ、俺は何のためにここまで呼びつけられたんだ? だいたい、あんた自分で『来て』って言っておいて子爵の城にはいなかったじゃないか」
〈いたわよ?〉
「どこに?」
〈ひ・み・つ♡〉
クッソ、凄いムカつく! なんだこのクソ軟体おっぱいメイド……!」←
〈声に出てるわよ?〉
「あっ」
〈まあ、三話前を読み返してもらえばわかるけど私『余裕があったら』としか言ってないのよね。どういう形でアストリッドとのつながりを作っておくかはそちらの裁量ってつもりだったんだけど。思いつかなかったって事なら、しょうがないじゃない〉
「うっガッ、がぎぐゲゲゲごが……」
なんてことだ。完全に遊ばれている形じゃないか。
「まぁいい……タネ本は二冊手に入ったし、転移呪文に使った触媒の代金は糸目から渡された金で補填はできる……ああ、だがそれでもなんか割り切れないものはあるな」
〈んんー、『
「
〈いいから。このくらいの仕込みは私や『ドス黒糸目』に任せなさいって。でね、
「ははあ」
まあ、
ゲキダンに加わったのちはアストリッドにも「
ため息をつきながら手持ちの羊皮紙を二枚(書き損じが一枚だ)消費し、やっと手紙を書きあげると、待ち構えたように窓辺に一羽のフクロウが飛来していた。
こいつは「
筒状に丸めた手紙を脚に括り付けてやると、フクロウは音もなく羽ばたいて、夜の空を城へ向かって飛んで行った。
* * *
翌日の朝、宿駅で馬を借りて二日かけて王都まで舞い戻った。イサックと顔を合わせると案の定、何やら心配そうに問いただしてきた。
「なあ、ケイウッド君。この間のあれだけど……一体」
「ああ、ご心配なく。ちょっと急な呼び出しを受けましてね。転移術の巻物を使ったんですよ。ほら、例の冒険者の伝手から回してもらったやつがあったんで」
「何とまあ! 失礼ながら、君は庶民の出だと思ったんだが……流石に奨学生にまでなるくらいだ、必要な時はもの惜しみしないんだなあ」
「ええ、何せ三代前からの成り上がりものですからね。『やるなら太く、出来れば長く』が家訓でして」
人生二十七回分付き合って性格を飲み込んでいるだけに、いとも簡単に丸め込めてしまう。イザックはいい奴なのでやはりちょっと心苦しい。
日を改めてどこかで、一緒に食事でもしようと約束を取り付けて、俺はそのまま自室に籠った。
「さて、このネタ本だが……」
奥付の記載が古い方から先に、冒頭から精読していく。書かれた時代はやはり三百年ほど前。相当に古いものだがよく保存されていて、若干の擦り傷やシミがある以外は判読に困る箇所もない。
その時代にはまだ現在のような印刷技術もなかったようで、羊皮紙に鵞ペンで一字一字丁寧にしたためられていた。転生者本人が書いたものだとすると、相当に手間暇がかかったことだろう。内容は――なるほど、好色めいて通俗的だが、確かに面白かった。印刷技術がある時代であれば、これを多部数刷って売ればかなりの収入になったに違いない。作者はさぞ悔しかっただろう。
だがしかし、これを下敷きにして今後の「
(ちょっとこれ、アストリッドがゲキダンで動く時の年齢を考えるに、かなり可哀想なことになりゃしないかな……)
なにせ、それらの本の中では、主人公の周りに集まってくる同年代の少女たちが、やたらと着替えを覗かれたり、風呂場で鉢合わせたり、思わぬアクシデントで胸に主人公の顔が押し付けられたりする。
そうやってできたきっかけで恋仲になったりならなかったりするのだが、果たしてそれが、少女たちにとって幸せなのかどうか、俺には大いに疑問に感じられたのだ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます