第5話 孤独なる魂が綴りし断章
(過去の転生者が書き残した
「聞くまでもないだろ『糸目』。そんなもの、欲しいに決まってる」
「糸目などと呼ぶな……私は現時点でも高位司祭だぞ。せめてギルベルト神父とか、ちゃんとした敬称をつけたまえ。だが、やはり食いついてくるか」
「そりゃあそうだろ」
この世界に迷い込んでくる、異世界からの転生者という奴ら――どうもその多くは同一の世界で生きていたものらしく、時々迂闊に口走る前世の記憶に根差した発言といい、思い描いているらしい理想の人生といい、妙に共通性がある
女神の元に参じる前に至極満足な一生を送ってもらわねばならない以上、彼らのそうした精神的土壌についてはでき得る限り理解を深めておきたい。今のところまだ二十七人分、その程度ではあまりに参照元が少なすぎる。
連中の幼少時からひそかに見守ることになる「
俺自身にしたところで、「
「よし、乗った。費用を出してくれてその本もくれる、ってんなら従者役くらい屁でもない……三人前くらいの働きはして見せる」
「そう言ってくれると思ったよ。まあ、無理は禁物だ。では用意ができ次第、出かけよう」
準備にしばしの時間を費やした後、俺たちはそろって馬上の人となった。糸目と一緒では、触媒があっても俺の転移魔法は使えない。アレはあくまでも単身での移動用、それも緊急事態での使用を想定したものだ。
幸いこの国では、大きな村程度以上の場所には必ず宿駅が設けられ、連絡用の替え馬が用意してある。それを三回ほど乗り継いで、俺たちは翌日の昼過ぎにオプロディーヴァの子爵領にたどり着いた。
「秘伝の薬湯を調合しました。これを飲ませれば、二日の内には熱も下がりましょう。診立てた限りでは、障害が残るようなこともないかと」
アストリッドの診察を済ませた「糸目」が、消毒薬で手を洗いながら子爵夫妻に告げる。娘に受け継がれたであろう、燃えるような赤毛を持つ父親――オプロディーヴァ子爵が胸に手を当てて、「糸目」に向かって深く頭を下げた。
「ありがとうございました、司祭様。領内の医師たちでは首をひねるばかりで、どうなる事かと……正式な謝礼は後ほど司教座にお届けしますが、まずはこちらをお収め下さいますよう――」
子爵家のものらしい印章を施された革袋が差し出され、中で金属が擦れ合う音が響いた。躊躇いなく受け取った糸目が俺にちら、と一瞥を呉れる。
「お気遣いはありがたく。スタン、これはあなたが預かっておいて下さい」
「は、はい、司祭様」
彼に心酔する気弱な従者、といった雰囲気を念頭に置きつつ、俺はうやうやしく金袋を押し戴いた。
「それはそれとして……この城には三百年ほど前に書かれた不思議な書物があるとか。我々の住むこの世界とは異なる、別天地の冒険と栄達を描いたものと聞いておりますが、一度検めさせていただけませんか」
――や、そのような話をどこで……?
予想外の話題に虚を突かれた様子で、子爵が不安げに視線を彷徨わせる。
「なに、我ら『神統会』には、あらゆる物事について知り得ざる知識を手繰り寄せる、神妙なる糸の業があるのです」
「そうおっしゃいましても、当家ではそのようなものの所在は定かに伝わっておらず……」
「あいや、ご案じなさいますな。お預けいただければ、決して悪いようには致しません……当方で精査して、何も問題なくば後ほどお返ししますし、なにか教義に
縮みあがる子爵を先に立たせて、俺たちは城の一隅に建つ尖塔の一つへ踏み入れ、そこに蓄えられた幾ばくかの書籍を漁った。
その中には確かに二冊ほど、冒頭から意味の判じ難い単語、何かの名称などが頻出する小説らしきものがあった。
内容自体はいささか好色めいた傾向の強い、荒唐無稽で願望充足的な他愛もないものだが、それらの作品を貫く思想と志向は、俺たちの持つ諸々の観念とはまるで異質な何かだった。
いかにも「お前の家と一族から将来の禍根を取り除いてやったのだぞ」という態の口上を「糸目」が述べて、俺たちは子爵の居城を後にする。
二冊の本と革袋の金はそっくりそのまま俺に下げ渡された。
「これだけあれば十分だろう……まあ、その本と金をしっかり役立てて、今次の周回の――ええと、アルマン君だったかな? 彼の人生をいい具合に導いてくれ」
「あ、ああ」
その夜は城下の聖堂に赴き、宿泊所で宿をとった。『糸目』は礼拝堂で土地の司祭と何やら熱心に話をしていて、俺は与えられた個室で問題の小説本の精読を始めたのだが――ふと心に引っかかる。
はて。俺は何のために「
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