第4話 転移遠征魔術師、一人旅

 さて――

 

 余裕を見込んで準備しておくように、とばかりに前もって知らせてくれたのはいいが、蓋を開けてみれば遠隔地まで急いで来いという。

 「乳母ナニー」は俺たちゲキダンの連絡係にして統轄者であり、最も女神の意志に近い所にいるらしいのだが、どうも気まぐれというか、杜撰というか。

 何から何まで真に受けて聞いていると、あとでとんでもないしわ寄せを食うことになるのは、これまでの周回で何度も経験済みだ。

 

 ちょうど学院が夏の休暇に入る時期ではあった。イザックあたりを伴っての旅行を装って行くことも考えたが、アストリッド(0歳)の状況を考えるとあまり悠長なことはしていられない。そして普通に馬などで行くと、王都から辺境伯領までは大体四日を要する。

 

 俺に限っては解決手段があった。なにせ素の才能的には中堅どころでも、二十七回分の人生で積んだ修行を持ち越した、熟達の魔術師であるのがこの俺だ。

 単独長距離転移呪文を使えばいいのだ。現時点のこの体で行使しても、それほどの不具合は起こさないと、そう確信できた。

 

 問題があるとすれば、呪文の発動に必要になる触媒が少々お高いことと、行った先での滞在費だった。

 

(奨学金も、学費納入してしまうとそれほど残らないしな……『糸目』にたかるしかないか)


 ゲキダンのメンバー、『ドス黒糸目』ことギルベルト・オイラーは王国の国教「ネスタル神統会」の若き司祭で、この時点でも既に辺境伯領にある司教座の参事として重職にあった。

 人間を信用しておらず、秘密主義に傾き陰謀を操ることに長けた男だ。正直出来れば関わりたくないタイプだが、社会的な力を恃まなければならないときには恐ろしく役に立つ。

 

 俺はさっそく王都の下町に繰り出した。専門の魔法用品店といったものは存在しないので、触媒を手に入れるには薬種問屋や祭具職人、衣料品の職人といったところを回ることになる。

 

 お馴染みの店が立ち並ぶ中、俺は一軒の帽子屋に今生では第一回目になる訪問を敢行した。

 

 ――いらっしゃいませえ。

 

 戸口をくぐると、麦わら色の髪をした愛想のいいメガネの優男が俺を迎える。


「帽子に羽飾りをつけたいんだけどさ。ヒイロオオカギトビの羽、ある?」


「へ……お客さん、帽子なんてどこにも被って無――」


「細かいことはいいんだ。あるだろ?」


 あるのは知ってる。

 珍しいからと店長が買い取ったものの、使いたがる奴はあまりいなくて塩漬けになってることも。

 

「ございますよ。金貨二枚になります」


 ぴったり今の全財産に等しい。忌々しいが買うしかなかった。

 

 

 

 寮の部屋に帰り、変哲もない黒インクで羊皮紙に咒法文字を描き込んで、携帯式の魔法円を作り出す。

 大枚をはたいた赤色の尾羽を額の前にかざし、所定の呪文を唱えると視界が奇妙に歪んで金色に輝き始め――辺境伯領にほど近い森の中、とどうにか判じられる風景が部屋の風景にダブって塗り替わる。

 

 その最後の瞬間、ドアを開けて入ってきたイザックが眼を見開いて息をのんだ。

 

「ケイウッド君! これは!?」


(しまった! 見られた!)

 

 イザックの声と同時に俺は転移を完了していた。

 さてこれは参った。転移魔法など、普通は学院に入学したばかりの初年生が扱うようなものではない。こんなポカをやらかしたのは初めてだ。

 用事が済んで帰るまでに、イザックが妙な噂を流さないでいてくれるといいが。

 

 帰ったら帰ったで、また説明に苦労しそうだ。今回はどうも、今までになかったようなことが起きる周回なのだろうか。

 

 ため息をつきながら歩きだした。ここは森の外縁部らしく、木々の枝葉を透かして差し込んでくる日差しで足元も明るい。程なく、ごくごく簡単に舗装された小道に出る。よく見廻してみると、前回の周回でマリウスが隣の貴族領へ訪問するときに、馬車に同乗して通ったルートの途中のようだ。

 この手の転移魔法は術者の記憶に依存するところが大きい。だができれば、聖堂のある街中にしてほしかった。



    * * *

    

「ああ、君か『脚本ダイホンん』。侍祭アコライトが懸命に取り次いでくるので何ごとかと思った」


「あんたの部下が真面目でありがたいよ。労っておいてやってくれ。実は――」


「無駄話は必要ない、事情は既に承っている。だがこんな時期に早々と君まで駆り出すとは、我らが聖母はなかなかに人使いが荒いな……それで? わざわざ私のところへ出したくもない顔を出したのはどういう風の吹き回しなんだい?」


 『糸目』は薄笑いを張り付けたような表情のまま、よく通る声で淡々と斬りこんできた。

 

「まあ、察してくれ……手元不如意な学生の身分で、値の張る触媒を使わされる羽目になってね」


「そいつはお気の毒……まあ、これからオプロディーヴァの所領へ出向くところだ。上手い具合に話を合わせて、従者としてついてきてくれればそのくらいの金は出してやらんこともない」


「足元を見やがるなあ」

 

「まあそういうな。悪い話でもないぞ、『脚本んきみ』にとってもな。あそこの家には、この忌々しい事象円環ループが生じるよりずっと以前に来た転生者が、備忘のために書き残したものがあるらしいんだ」


「……何だと?」


「初耳だ、って顔だな。私も同じだ、どうもこの周回になるまで分からなかった情報のようでね……手に入れれば、君にも役に立つんじゃないか?」

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