第3話 仕組まれるヒロイン
俺は耳を疑った。0歳児とはどういうことか。
「あー、『
〈ええ。実をいうと、前回の周回で何度か……マリウスの身辺に近づいてきてたことあるんだけど、覚えてるかしら? 赤毛で威勢のいい、魔法剣士のお嬢さん〉
「ん……気にも留めなかったが、何か、いたな」
マリウスというのは前の周回で俺たちがサポートした、異世界からの転生者だ。この世界では辺境伯の子息として生を享け、貿易に手腕を発揮し富を蓄えて、領地を楽園のように発展させていた。
その身辺にうろうろしていた赤毛の剣士というと――
「ああ、思い出した! 確かアストリッド……アストリッド・オプなんとか――」
〈そうそう、アストリッド・オプロディーヴァ。マリウスの実家の、分家筋にあたる子爵家のご令嬢よ〉
なるほど、その娘が最近生まれたばかり、と。なんでまた、そんな時期に――というか。
「その娘を、我々の仲間に? どういうつもりなんだ。それに、俺に何をしろと?」
〈ああ。ほら、私達って大体
時間に余裕があるから引き込み方はこれから考えるけど、と「
「って、ことはだ。俺はこの周回では、学院に残る感じか?」
前回はマリウスの年上の知り合いとして、少し離れたところに住む相談相手、というポジションに収まっていた。だが、アルマンとそのアストリッドを同時に視界に収めておくとなると、そういうことになりそうだ。
〈そうね。少し難しいかもしれないけど、そういう感じで準備しておいて〉
分かった、と返事をして会話を切り上げる。アストリッドの引き込み方が決まったら、また連絡をくれるだろう。俺はため息をついて食堂に戻った。
イザックは食事をするのが割と遅く、まだ席に着いたままだ。
「やあ、お帰り」
「すみませんね、ちょっと知り合いから連絡が」
「やあ、気にしないで。でも凄いな、そんな珍しい魔道具を」
父の知り合いに冒険者がいまして、などと適当に答えておく。
傭兵とか、流しの占い師に身をやつした在野の魔術師、それに極悪非道には落ちない辺りに線引きをしているスリや錠前破り――そういった連中はしばしば、辺境の荒野やら山奥やらの遺跡、地下迷宮といったたぐいの場所に分け入ってさまざまな危険と引き換えに、希少な遺物や財貨をさらってくることを生業にしている。
学院に身を置くような研究タイプの魔術師の間では、こういった連中を「
イザックはごく素直に俺の説明を受け入れた。
「なるほどねえ。もしいい冒険者に伝手があったら、僕にも紹介してくれよ」
「そりゃ、別に構わないですよ。こちらこそ、よかったら友達になってください……貴族の方々の作法やらにはまだあんまり慣れてないんで、教えていただけると助かるんです」
イザックは嫌な顔一つせずに俺を受け入れてくれた。本当に助かる。
* * *
その一件からだいたい三カ月。俺が学院での生活にまあまあ慣れたころ、「
〈アストリッドがね、おかしな熱病にかかったらしいの。『ドス黒糸目』が近くにいるから死なせずに済むと思うけど、余裕があったらあなたも、子爵領まで来てくれないかしら。赤ん坊の時にお世話になった学院生が、のちに教師として再会するとか、いい感じじゃない?〉
「
〈そりゃそうだけど。全部を仕込むのは大変でしょ、この段階ならまだ布石程度だし、任せてもらっても大丈夫。『糸目』はマリウスのとこにいるから、彼の遠縁って触れ込みで動けば怪しまれずに済むわね〉
「マリウス……今回は違うんだよな?」
〈そりゃ、もちろん〉
そう、これは愚問だ。だが重要な確認だった。この世界は現在五十年のスパンでループを繰り返している。それで「上がり」を達成して女神の元へ向かった転生者は、次の周回では厳密には存在しない。ガワも中身もだ。
だがその一方で、「この周回の世界で同等の位置を占める人物」は発生する。
この周回のマリウスは転生者ではないただの有力貴族の三男坊、ということになる。異彩を発揮して頭角を現したりはしないし、その分の揺らぎはアルマンの方で顕在化するだろう。
俺たちは毎度積み重ねた過去の経験と知識を活かせる立場だが、転生者の周りの事だけは毎回完全な白紙に戻して考えなければならなかった。
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