やや異なる日々への助走

第2話 どれだけ準備を重ねても、想定外はやってくる

「スタン。お前、王都へ出て勉強しないか」


 春先、ようやく雪解けを迎えたある日。父が俺にそんなことを打診してきた。

 

 いつものイベントだ。

 

 俺、スタン・ケイウッドはもともと、中堅どころの魔術師くらいには充分なれる程度の素質を持って生まれてきた。田舎で手に入る限りの教材や指導者を得て、野心いっぱい夢いっぱいに育ってきている――十七歳になるまで。

 

 で、二十八回前のあの朝――つまり俺が巻き戻って回帰するあの時点において、突然「乳母ナニー」が現れ、俺をゲキダンに引き込んだのだった。以来、俺は転生者のために脚本を書き、周回の状況に合わせて手直しをしているわけだが。

 

 俺自身の記憶と身に着けた技能は、その都度ある程度持ち越されている。頭と体が若返った分は微調整が必要だが、おおむね「前回よりは強化されている」という認識で間違いない。

 

 だから本当は、今さら王都で学び直す必要もないのだが――

 

「いいの? 我が家には結構な負担になると思うけど……」


「子供が余計な心配をするな。流石にお貴族様方のようなわけにはいかないが、うちだってお前ひとりに学問をさせるくらいは何とかなるんだ。だいいち、才能のある奴を地元で埋もれさせる訳にはいかんからな。というわけでだ。王都の学院が奨学生を募集していて、今度その審査がある。行ってこい」


「……ありがとう、父さん」


「座学か実技、どっちかでパスすれば入学が認められるし奨学金も付く。不得手な方もお前なら入学後の頑張りで何とでもなるだろう。うまいこと枠内に食い込んで見せろ」


 毎回こんな度量を見せつけられては、断ることなどできはしない。それに技能や記憶は持ち越せても、社会的地位などはその都度ご破算で最初からやり直し。ならば今生でも精一杯やるしかない。そしてこの段階で首尾よく進めれば進めるほど、それだけいざ実働に入った時に打てる手は増えるのだ。

 

「頑張るよ。できれば家に仕送りができるようにもなりたいしね」


 もちろん、いつもそうしている。


「ああ。お前は俺の自慢の息子だ、期待しとるぞ。そうと決まれば早速、学院入学めざして勉強だな」


 俺はいつものように父にうなずいた。学院への編入は普通であれば十三歳から。貴族の子弟などであればその年から就学して、王国の次代を担うポジションへと進んでいく。俺は四年遅れという形になるが、まあ大丈夫、気にするほどのことはない。

 

 それに、なんだかんだ言ってもここから数年の学院生活は、俺にとってかけがえのない青春と呼べる期間なのだ。周回ごとに必ず出会うような馴染みの友人も(向こうはその都度真っ新から始めるわけだが)いるし、毎回少しづつ違う顔ぶれがいればそれはそれで楽しい。

 

 何といっても王都には気晴らしも楽しみもあるし、過ごし方次第で胸躍るような出会いにも息をのむような事件にも事欠かないのがこの学院時代。

 まかり間違って死んだような場合は起点の朝に戻されるから、できれば危ない橋は渡らない方が良いのだが。なにせゲキダンは人数が限られているし、役割もそうそう分担を変えられない。俺が戻れば全員が戻り、転生者とのかかわりも最初からやり直しになる。

 

 時間は無尽蔵にあるように見えて、これで割合貴重なリソースなのだ。転生者――今回ならばアルマン君が本格的に人生を戦い始めるまでの十年かそこらは、こちらもある意味命がけで地固めをしなくてはならない。そのうえで、その過程は楽しませてもらうのだが。

 


 さて、入学審査はどうにか実技の方で基準を満たし(もちろん、注目を浴び過ぎない程度に手を抜いてはいる)、俺は晴れて王都で寄宿生活を送ることになった。

 初日、寮の食堂で食事をとっていると、テーブルの上に四角い影が落ちた。


「あのー、ここ、隣空いてるかい?」


 見上げる。昼食のセットを乗せたトレーの向こうに、体感で四十年ぶりくらいになる懐かしい顔があった。

 ひょろりとした体つきの少年だ。名はイザック・トムレイ。歯列矯正用のものらしい金具が口元から覗く、一見して風采の上がらない見てくれだが、これでもれっきとした貴族の次男坊。

 魔法にはあまり適正がなく、座学の方で頭角を現して将来は大体の周回で学院の教授に収まることになる。


「どうぞ、空いてますよ……ミスター・トムレイでしたか」


「あれ、僕の名前を……?」


 そりゃ知っとるわ。

 このタイミングでのひどくうれしそうな顔を見るのも、これで何度目か。あまり不用意なことを言うと変な誤解を受けそうなので、ここは適当に濁すことにしよう。


「ああ、まあちょっと小耳にはさんで。確かご実家は子爵家だったと思いましたが……合ってます?」


「あ、うん、まあそんなとこだよ。うぇへへ……っと、失礼するね」


 貴族らしからぬ卑し気な笑い声を漏らし、慌てて居住まいをただすイザック。

 こいつはいい奴なのだが、実家での行儀作法のしつけがやや甘かったらしく、端々にこういう隙がある。それに加えてやたらと惚れっぽく、ちょっと一言二言交わしたぐらいの相手を天上の存在のように崇拝し始めたりする。まあいい奴なのだが。


(今回もお馴染みの腐れ縁、ということになりそうだなぁ。いろいろと退屈はしないし実家は太い……得難い友人だよ、君は)


 席に着いた彼にそんな生暖かい視線を送っていると――ポケットの中で「ゲキダン」の連絡用手鏡がハトの鳴き声のような音を響かせて震えた。


「……はい、ケイウッドです」


 不自然にならないように通話に出る。幸いというべきか、この手鏡に類似した遠話の魔道具なら、機能では劣るものの少数が出回っていた。


〈――私よ。今大丈夫?〉


 「乳母ナニー」だ。こんなタイミングで何の用だろう?


「あ、まあちょっと席を外せば、多分……」


 手鏡を頬にあてたまま席を立つ。イザックが意外そうな目でこちらを見ていた。


 ――うへ、霊体伝話器じゃないか……すげ。


 そんなつぶやきが聞こえた。詮索されたときのことを考えると、今のうちに説明を考えておくべきだろう。

 そのまま通路に出て、人影のまばらな方へ。


「人前で手鏡これを使って目立ちたくないんだけどな……どうしたんだ?」


 「乳母ナニー」からの返答は、意外なものだった。


〈急でごめんなさいね。実は、ゲキダンに急遽引き入れたい人材が現れたのよ……まだ0歳なんだけど〉

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