転生者の人生を陰からサポート、俺達プロの請負い集団。なお現在二十八期目

冴吹稔

序章

第1話 目覚め、出立 ⇔ 目覚め、回帰

 目覚めると、そこは涼しい風の吹き渡る草原であるらしかった。目の前に青い空。頬のすぐ横で揺れる、丈の短い草。


「あれ……なんだ、ここ」


 姿起き上がりながら、彼は首を傾げた。


 自分は確か、死んだはずではなかったか? 記憶の一部に霞がかかったようになって細部は思い出せないが、とにかく――悪くない人生だったとは覚えている。

 友や仲間に恵まれ、目指すべき目標があり、突き進んで勝利と満足を得た。愛すべき者たちに囲まれて最後の息を引き取った――そのはず。


 では、ここは何なのだ?

 

 むくりと頭をもたげる疑問形。辺りを、そして視力の及ぶ限りの遠方までを見廻す。

 すると地平線に近い空の一角に奇妙なものが見えた。夕焼けと見まがう熾火色に染まった空に、灰色の雲がシチューをかきまぜたように渦巻いている。

 その輝きの奥、浮かび上がる神殿らしき円屋根ドームが見えるさらにその向こう。そこには、高峰の頂から見下ろした大地と海原を手に取って、丸く形象かたどったような青と緑の円盤があった。


「あれは……!?」


 思わず声に出してはみたが、応えが返されるなどとは思っていない。だが、予想に反して彼のすぐ横から、弦楽器のような心地よい声が響いた。


 ――ようやくここへ来てくれましたね。お待ちしていました。


「!?」


 体ごと振り向くと視線の先に声の主がいた。優美な曲線を描く肢体を薄衣に包み、黄金の額冠サークレットと胸飾りをつけた、黒髪の美女だ。つい先ほどまでは何の気配もなく、たった今ここに現れたとしか思えない。


 ――私はベルマリオン。あなたが見ている、あの世界を管理する務めを担ったものです。


 女神、という単語が脳裏をよぎる。それ自体は特に突飛なものではないが、こんな遭遇は全く想定していなかった。


 ――ええ、「女神」と呼びたければ、そのように。


「……それで、私を待っていたとは? どんなご用でしょうか」


 ――はい。ただ一つだけ、お願いしたいことがあります。「成し遂げし者」であるあなたにしかできない、ほんの短い冒険を。


「成し遂げし者? 冒険?]


 ――この世界を閉じた輪の中に封じ込め、可能性と未来を奪ったよこしまなるものが施した呪縛を、断ち切って頂きたいのです。そのために必要な力は既にあなたの中に。危難から身を守る加護は、私が授けましょう……


 不思議と拒絶の念はわかず、彼は無言でうなずいた。そのような類のことは数限りなくこなしてきたような、おぼろげな記憶と強固な自負が心の中にある。

 次の瞬間、ごく軽量に感じられる磨き込まれた鎧兜が体を覆い、絶妙な長さとバランスを持つ金属製の片手剣が、小気味よい音と共に右手に収まっていた。


「……なるほど」


 実にシンプルでわかりやすい。これで呪縛とやらを断ち切ってくればいいわけだ。して――


「ことが済んだ、その後は?」


 ――何なりと自由に。私の神殿で好きなだけ暮らすことも、あの世界が未来を取り戻した後で、あそこへ降りて行って生きることも、想いのままに。


 悪くない。少なくとも「死」は何もない無とかの空虚な終焉ではなかったということだ。

「女神」ベルマリオンが指し示すままに、彼は虚空へと足を踏み出した。



    * * *



 目覚めると、見覚えのある部屋だった。

 ナンダリット荘に建つ生家。変哲もない木骨モルタルの、まあ庶民としてはそこそこ裕福な造りの家で与えられた、一人用の寝室。

 サイドテーブルの上にいつも通り、四角い「手鏡」が載っているのを確認し、その鏡面を覗き込む――よろしい。十七歳の時点での、見慣れた俺の顔だ。


「よしよし、今回も無事に帰ってこられたみたいだな……」


 ということは、今回の標的も無事に大団円を迎えたらしい。安堵のため息。


 またここから再出発だ。必要な技術を磨きながら仲間を集め人脈を広げて、標的ターゲットの望む人生を陰から良い感じにコントロールして、それぞれが望む最良の結末にたどり着いてもらう。毎度大変な仕事だが、世界の為だと思えばどうということもない。

 むしろ、ただの庶民の男子である(あった)この俺、スタン・ケイウッドにしてみれば過ぎたる誉れというものだ。


「さてと、そうしたら毎度のことながら……まずは『乳母ナニー』に連絡だ」


 手鏡の表面に指を滑らせて、同様にこの時点まで戻って来たであろう、の一人を呼び出した。


〈はぁい、『脚本ダイホンん』? 無事に戻ったみたいね。気分はどう?〉


「いつもと変わらないさ。悪くない気分だ。ありがたいことに、俺はここの家と両親がそこそこ好きでね……そっちは?」


〈もう始めてるわよ。今回の標的てんせいしゃは田舎騎士の長男。名はアルマン・ベリル……まだ二歳だけど、憑かれたように魔法の練習をしてるわ。隠れて、独学で〉


「そうか。有望だな。じゃあこっちも仕込みを始めるか……どのパターンで行くかな?」


〈そうねぇ。『全属性修得の天才魔法剣士』辺りがいいんじゃない?〉


 「乳母ナニー」はクスクスと笑いながらそう言った。まあ、無難というかベストだろう。


「よし、じゃあ俺もぼちぼち修業を始めるよ――怪しまれない程度に」


〈がんばってね〉


 彼女の、その言葉を合図にしたように手鏡の鏡面が暗転した。


(さてと。アルマン君が本格的に活動するにはまだ時間があるわけだから……こっちはこっちで、身分をいい具合に固めておくか)

 

 この世界には、異世界からの転生者がこれまでに数多訪れている。彼らは能力や資質において様々ではあるが、等しく一つの運命を負わされていた。それは――英雄や偉人、成功者として人生を満足のうちに終え、女神の元へ行くこと。


 奇妙なことに彼らは、未知のはずのこの世界でどう生きるかというビジョンを、漠然とではあるが思い描いて生まれてくる。だが、残念ながらこの世界では、女神が彼らに事前に与えておける加護や贈り物ギフトはほとんどない。彼らが手にするのは努力すれば身につけられる技術の体系と、その努力を完遂するための資質だ。


 そして運ばかりはどうしようもないのが普通の人生というものだが――そのために、俺達がいる。


 転生者たちが直面する人生の節目節目、運命の分岐点ともいえる各種のイベントに対して、お膳立てを整え、縦横に仕掛けの糸を張り巡らせて成功と栄達へ導く。それが俺たちの仕事だ。

 俺たち自身はどんなに技を磨いて力をつけても、女神の元へ参じることはできない。だがその代わりに五十年ばかりにまたがる時間の中を何度も漕ぎ下りまたさかのぼって、繰り返すごとにその間の出来事や人物に対して既知の領域を広げ、仕事を確実なものにしていくことができる。


 俺たちは転生者を導く女神のしもべ「ゲキダン」。そしてこの俺、スタン・ケイウッドはその脚本ダイホン書きだ。



 かくして、俺にとって二十八回目の繰り返し試行ループが始まった。

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