第3話 村に流れる噂

 夕食は少し早めに部屋へ運んでもらった。

 食事は野菜中心の巧みな味付けをされていて、とても美味しいものだった。

 食事の後間もなく、サクヤはウトウトし始めたのでベッドに寝かしつけた。


「ほらね。口に出さなかったけど相当疲れていたんだよ」


「そうですね」


 ここ数日、町や村がなくてずっと歩き通しだった。馬もあるが、わたしの鎖帷子チェーンメイルや武具の入っている荷物を運ばせているので人間まで乗ったらすぐにバテてしまう。

 わたしが荷物を持って、サクヤを馬に乗せようとしたが、それをずっと拒んで歩き続けてきたのだ。


「教会の倉庫で寝かせなくて良かっただろう?」


「はい」


 サクヤが寝付いて少し過ぎた頃に、部屋のドアをノックして、この家の旦那さんが訪ねてきた。

 旦那さんの誘いで、居間のテーブルで村で造ったワインを頂くことにした。



 奥さんの隣には、彼女とよく似た女性もいた。


「女房の妹です。料理が上手なんで、手伝いに来てもらいました」


 北の丘にある領主の別荘で働いていたが、その領主が先月亡くなられたのを機に仕事を辞めてきたそうだ。今は、空き家になっていた姉妹の生家で一人暮らしをしている。

 領主の本宅は、ここからかなり離れた街道沿いのワードナー市にあるが、一年の半分近くをこの村の別荘で過ごしていたらしい。


「今年の麦は、不作でね。村の家々でも麦不足でパンが作れなくなりそうで大変なんですよ」


「そうなの?じゃあ、わたしたちがパンを食べちゃったら申し訳ないわね」


「いや、それは遠慮なく。村の麦が不作だったのを聞きつけたとかで領主様の本宅から、エルザのところへ一年分の麦を届けてくれたんです」


 エルザと言うのは奥さんの妹の名前。奥さんはリサで、旦那さんはオドとのこと。


「それで料理を手伝ってもらうについでに、パンも持ってきてもらいましたので」


「そうだったのね。ごちそうさま」


 わたしがお礼を言うと、エルザさんもニッコリ笑ってくれた。エルザさんはリサさん以上に甲斐甲斐しく、テーブルのツマミやワインが少なくなるとすぐに厨房から運んで来てくれた。

 夕食で、やたらと美味しい野菜の味付けもエルザさんの手腕かも知れない。


「怪我したの?」


 エルザさんは長めの手袋をしていて、その端から見えた素肌が黒ずんでいた。


「ちょっと肌荒れが酷いみたいで。でも大丈夫です」


 屈託ない笑顔で応えてくれたが、少し辛そうに見えた。


「こちらの領主様って良い方だったんですね」


「はい、特にこの村にはよくして頂きました」


 旦那オドさんはすぐに頷いた。


「領主様の跡継ぎはまだ幼いそうで、エルザへの心遣いは奥方様がされたんでしょう」



 わたしはワインを美味しく頂いたが、イリヤは酒類が苦手らしい。いちいち軟弱なヤツ。


「実は、戦士様にお願いがあるんです」


 酔いがそれ程回らないうちに、旦那オドさんは少し改まって切り出した。

「村でおかしな噂が広がっているようで・・・詳しくは、明日にでも村長や司祭様のところでお話ししたいと思います」


 お願いをきくのが当たり前・・・と言う空気をワインで作られてしまったか。若いのに行商人の経験値は相当高いのかも知れない。


「どうしよう?」


 イリヤの耳元で小さく呟く。


「農家が不作だったとしたら、村での買い出しは難しそうですね。そうすると行商人をなさってる旦那オドさんに力を貸してもらうことになるかも知れません。恩を売れるなら売っておきませんか?」


 戦士様というのだから、わたしが果たす『お願い』だぞ?


「教会の倉庫は、緊急時に備えて穀類とかを備蓄をする場所なんです。そこが空ってことは村には余分な食料が全然ないってことですよ」


 そう言えばそうだ。小さな教会の倉庫が大きいはずはない。3人が泊まれるってことは、倉庫が空だったと言うわけか。


「おかしな噂って何かしら?」


「・・・人狼を見たとか」


 この村へ来る直前に夜襲を受けたのを思い出した。

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