人狼に狙われた村~女戦士、放浪の薬師を拾う~
星羽昴
第1話 満月の黒い影
澄んだ水の流れる小川のほとりで、今夜は野宿することにした。
「おいで。洗ってあげるよ」
わたしの手招きに応じて、少女も服を脱いで川に入ってきた。川の深さは少女の腰くらいで流れも穏やかだ。
少女を水に肩まで浸からせて、黒髪に水を通して土埃を流した。昨日から風の強い街道を歩き通しで、埃にまみれていた黒髪が艶を取り戻す。
わたしと少女が小川で身体を洗っている間に、イリヤは水辺で火を起こしている。
白い煙が上がり勢いのある炎が夕暮れの薄明かりに輝いた。腸詰め肉の焼ける匂いが漂い始めた頃、身体と髪を洗い終わったわたしと少女は炎の側へ向かった。
14歳の少女は、切れ長の黒い双眸に鮮血色の唇。漆黒の髪の下には陶器のような艶のある肌。遙か東方の異国人と一目でわかる顔立ち。
イリヤは北方の田舎町から、この少女を王都へ連れて行く途中で、わたしと知り合った。
わたしは女戦士マグナオーン。傭兵として東方の故郷から出てきたが、その戦争が終わったのを機に、婿捜しのついでに気ままな旅をするつもりだった。
わたしの婿として故郷に来るなら、女戦士の一族の長を継ぐ立場となるのでそれなりの剛の者であるべきなのだが・・・イリヤは生っ白て弱い。更に、実家の薬屋に居づらくなった話も情けない。
それでも、イリヤと少女を連れて故郷へ帰れないものかと考えてる。
「土埃で肌がジャリジャリだったからね、小川があったおかげでさっぱりできたよ」
濡れた少女の黒髪から水気を絞る。少女に服を着せ、わたしも革鎧を身につける。
「さあ、夕飯だよ」
異国人の少女は、わたしたちの言葉を喋れない。わたしやイリヤが話しかけてはいるが、どのくらい意思が伝わっているかもわからない。
それでも、身振りを交ぜたりしながら何とかやっている。
3人で炎を囲んで座ってイリヤの用意した食事を取り終わると次の目的地を確認する。
「この先の森を抜けると村があるはずですから、明日の昼くらいには着くと思います」
「大きな村?」
「王都への街道沿いから外れたところですから、大きくはないでしょう」
保存食がそろそろ尽きるらしい。買い出しのために一番近くの村を目指すことにした。
「武器屋があれば新しい剣が欲しいんだよね。
「それは、大きな都市へ着くまで待って下さい」
「イリヤがさ、この娘の剣をわたしにくれればいいんだよ?」
「駄目です」
風で雲が全て流されたのか、空一面の星空だった。
ちょうど満月で、流れる小川の水面に満月が反射していた。
夜が深まる頃に、少女がわたしの側へ座った。一緒に旅をするようになって、わたしの側で寝る程度に懐いてくれた。
「今夜はイリヤと寝るんだよ。わたしは獣が来ないように見張り番をするからね」
少女をイリヤのところへ行かせて、わたしは剣を脇に用意しておく。
近くの木に繋いだ荷物運びの馬は静かにしているが、森は近い。
森の獣が夜の闇に紛れて襲ってくるかも知れないから警戒は必要。
何かの気配で目を覚ます。イリヤと少女は眠っているが、馬の息づかいは荒く落ち着かなくなっている。
右手が剣を握る。満月の光に照られているので視界は良い。
馬が悲鳴のような鳴き声を上げた。イリヤが起き上がって少女を庇う。
何かの影が素早く動く!
その影に向かって剣を振るうが、鈍く弾かれてしまった。
わたしは、その影とイリヤの間に入り込み、剣を正面に構える。
二つの目が赤く輝いている。その背後にも、複数の気配があった。
オオォォォォーン
遠吠えが聞こえた。それは狼の遠吠えのようだった。
風が吹き、木々の擦れる音が夜の闇に響く。
オオォォォォーン
再び遠吠えが聞こえると、その影は森の闇に消えた。
振り返ると、イリヤは眠っている少女をローブの中で抱いていた。
馬も静かになり、小川の水面が満月をキラキラと反射させていた。
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