第2話 少女サクヤ
3人で訪れた村は、本当に小さな村だった。
城壁で囲まれているわけでなく、山の麓で森に囲まれた平地に民家が点在するだけ。北の小高い丘に領主の別荘がある。田舎のこぢんまりとした民家の中にあって、大きなく目立つ館だ。
イリヤは故郷の教会の司祭からもらった紹介状で、この村の教会に挨拶に向かった。
この村の司祭は人の良さそうな方で、快く教会に泊めてくれると言ってくれた。しかし、小さな教会には3人が泊まれる部屋は倉庫しかないと言う。
それで、わたしが遠慮させてもらい村に宿を取ることにする。
「わたしがお金を出すんだから、いいじゃないの」
「だからですよ」
イリヤは王都を目指す旅をしているが路銀はほとんど持ってない。3人の旅の費用は、わたしが出している。そんな借りを、大きくしたくないと思っているのだろうが現実は現実。
「この娘だって疲れてるんだよ。教会の倉庫を間借りして泊まるんじゃ野宿と変わらないじゃないの。ちゃんとした寝床で休ませてあげようよ」
少女のことへ持っていけば、イリヤは逆らわない。不満そうではあるが、黙ってついてくる。
小さな村だから専業の宿屋があるわけじゃなかった。村人の民家で、空いている部屋に泊めて貰うと言う形で宿を取る。
わたしたちに部屋を提供してくれたのは若い夫婦で、旦那の方は行商人をしているそうだ。他の村や町と行き来するために馬車も持っているので、わたしの荷物運びの馬も厩舎で面倒見てもらえる。
「まあ、これから王都へ行かれるんですか?」
気さくな夫婦で、特に奥さんの方は接客には如才がなく、話好きな様子だった。わたしと同じくらいか、少し年上かも知れない。
「王都に皮膚病に効く薬があると言うから、それを買いに行くんだよね」
一目で異国人とわかってしまう少女の風貌を隠すために、普段少女はフードで顔を隠している。皮膚病と言うのはその口実で、イリヤの妹と言うことにしている。
「大丈夫、妹さんはきっと良くなります」
若い奥さんは、民間療法で伝わっている薬草や療法を教えてくれて、泊まっている間の食事にも気を遣うことを約束してくれた。
真剣に心配してくれるのが申し訳なくなってしまう。
「王都で薬を手に入れた後は、どうなさるんですか?」
「この人を婿として紹介するんで、わたしの故郷に行くつもり。そこで3人で暮らすことになると思うよ」
イリヤが何か言いかけたが黙る。
「あら~、そうだったんですね。でも、なんかお似合いのお二人ですよ~」
イリヤは黙ったままだが、少女が手を伸ばしてわたしの手を握った。少女の手を介して、わたしとイリヤも繋がっているはず。
提供してもらった部屋は、3人にはちょうど良い広さだった。
3人だけになったので、少女もフードを外して射干玉色の髪をおろしている。
「ところでさ、この娘の名前ちゃんと教えてよ」
言葉が通じないと思っているから身振りや手振りで示すので、つい名前を気にしていなかった。
「でも、本当の名前はわからないんです」
イリヤは、少し悔しそうに首を横に振る。
「市警では、レインと呼んでいました」
少女は、
そう言えば、イリヤは少女をその名前で呼んだ事はなかった。
少女が持っていた剣には、文字らしきものが刻まれている。
『人十工く人ウノ之』
古代の文字で読み書きできるわたしにもさっぱりわからない。これが名前であるかもわからないし。
「・・・クヤ」
「え?」
「・・・サクヤ」
少女のかぼそい声だった。
「サクヤ。そっか、サクヤだね」
わたしは少女の肩を抱きしめた。
「この娘の名前もわかったんだからさ、もう王都へ行かなくていいよね。わたしの故郷へ3人で向っちゃおうよ」
「何でそうなるんですか!」
異国人が関わる事件なんだから、王都へ報告しないといけない。イリヤは頑なだ。
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