第4話 山狩り

 一夜明けた翌日。

 昼食を頂いてから、旦那オドさんと共に村の教会に行くはずだった。しかし、その昼食を手伝いに来るはずのエルザさんが、倒れて騒動になる。

 エルザさんは村人数人に抑えつけられ、旦那オドさん宅へ運び込まれて来た。


「いやぁぁー・・・来ないでぇぇぇ・・・」


 大きく見開いた双眸そうぼうは、虚空に向いている。何もないはずのところに、エルザさんには何者かが見えているみたいだった。


「・・・熱い・・・焼けるぅぅ・・・」


 苦しそうに手袋を引き剥がしたエルザさんの腕は、赤黒く長い体毛が纏わり付いているように見えた。だが、よく見るとそれは固まった皮膚がひび割れをおこしている傷だった。

 身を捩って暴れるエルザさんの身体を、わたしが抱きかかえた。そして旦那オドさんの指示で、夫婦の寝室のベッドへ運んだ。ベッドの上でも、エルザさんは見えない何かに脅えて暴れ続けたが、やがて疲れ果てて眠りに落ちた。



 エルザさんの額に手を当てるとかなり熱い。

 イリヤもエルザさんの側に来て、手首のひび割れをじっと見ていた。それから靴を脱がせてみると足にも似たようなひび割れがあった。

 エルザさんが眠りに落ちてから、わたしとイリヤは居間のテーブルで待っていた旦那オドさんとリサさんのところへ行く。

 エルザさんを運んできてくれた村人たちは、もういなくなっていた。

 改めてイリヤが薬師だと伝えて、熱冷ましの薬をリサさんに渡した。


「目を覚ましたら飲ませてあげて下さい。量を間違えると、逆に身体に負担をかけるので気をつけて下さい」


 リサさんは薬を受け取ると、何度も何度もイリヤに頭を下げる。本当にエルザさんを心配しているのだろう。

 ただ、どうやら今回のような発作ははじめてではないらしい。もっと軽いものは、少し前にもあったと言う。


「あのさ」


 旦那オドさんとリサさんに聞こえないように、イリヤに囁く。


「エルザさん、身籠もってるよ」


「え?」


「多分、間違いないと思う」


 エルザさんを抱き上げてベッドに運んだ際に、エルザさんの下腹部が気になった。わたしが気付いたのだから、リサさんだって気付いているはずだ。

 その上で、敢えてそれに触れないようにしているのだと思った。



 結局、その日は昼食を食べないまま、旦那オドさんと共に教会へ向かった。

 教会のこぢんまりとした礼拝堂には司祭と村長が、わたしと旦那オドさんの到着を待っていた。

 本当に小さな教会で、礼拝堂と言っても数十人しか入れない。司祭は、教会の脇に建てられた掘っ立て小屋みたいな家で質素な生活しているようだ。司祭様こそ、教会の倉庫で暮らした方がマシなんじゃないだろうか?



 一応、イリヤとサクヤも同行してはいたが「戦士様へのお願い」と言うことだったので、2人は教会の外で待ってもらう。

 できるだけサクヤを一人にはさせたくなかった。異国人、とりわけ言葉を解さない異国人は「異教徒」扱いされたりしたら面倒だから。

 わたし自身も、この地の神とは別の神々に造られた国から来た異国人だが、傭兵に求められるのは強さのみ。

 傭兵には信仰心は関係ないが、非力な少女にはそうはいかない。



 一通りの話を聞いたので、外で待つイリヤに依頼の内容を報告する。


「てっきり、人狼退治でも依頼されるかと思っんだけどね。村周辺の森や山を、村の男衆で山狩りをするから参加して欲しい、だってさ」


「山狩り、ですか?」


「村の娘が2人行方知れずになったそうだよ。それから怪しい人か獣かわからないモノが目撃されたんだって。家畜が襲われたこともあるみたい」


 話を聞いたイリヤは、妙に真剣な顔つきで思案してる。


「引き受けたんですか?」


「イリヤが嫌なら断るよ。わたしの婿として、一族の長になってもらうんだからさ。わたしはイリヤの言う通りにするよ」


「いえ、引き受けましょう」


 ・・・え?

 いや、普段ならこんな言われ方したら、照れるなり困るなりするだろ?

 イリヤがこんな毅然とした反応したらカワイくないぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る