第9話 狂戦士

 雨があがり、夜が明けた。

 エルザさんの遺体が掘り起こされたことはすぐに村中に広がった。最初は「獣人化して墓の中から這い出してきたのではないのか」と訴えた者もいたが、墓は明らかに外から掘り返されていて、棺の蓋も外から壊れている。死体を盗むために掘り起こされたに違いない、と村人の見解はまとまる。

 実は、死体泥棒は珍しいことではない。

 歪んだ探究心旺盛な錬金術師や医師は、人体を解剖したくてウズウズしてる。そう言う人達?のために、非合法に死体を調達する連中がいる。死後間もない死体ほど高額に取引されていると言う。



 死体泥棒・・・これで村人みんなが、東の森にいるのは人に違いないと確信した。更に、墓を暴かれたことで村人の怒りは頂点に達してる。

 今日の山狩りは、死体泥棒を皆殺しにするような勢いだ。わたしも留守番じゃあない、今回は先頭に立って斬り込んで行く。


「繰り返して言っておくけど、何か見つけたら、わたしにすぐに伝えるようにね。戦うのはわたしがやるから。無理して、女房を未亡人にしちゃったらもったいないよ」


「本当に、お願いしてよろしいのでしょうか?」


 村長が一応気を遣った言葉をかけてくれたが、本音は村人優先が明らか。だが、それでいい。


「傭兵くずれの野盗ごとき、目を瞑っていても負けないよ」


 この村へ来る前日、小川のほとりで襲撃を受けた。あの時、最初の斬撃が鈍く弾かれた・・・あれは鎖帷子チェーンメイルに弾かれた感触だった。

 人狼が鎖帷子チェーンメイルを着けているか?そんなはずはない、あれは人間だった。


「元傭兵となると、やはり村の男衆では・・・。戦士様にお願いするしかありません」


 わかりきったこと。それが傭兵のお仕事だ。



 わたしは一端、旦那オドさん宅の部屋に戻った。山狩りに備えて鎖帷子チェーンメイルに着替えるためだ。


「意外と悪党だよね。南の森に巣くった野盗に、死体泥棒の罪までかぶせてしまおうってんだからさ」


 知的労働をやり終えたイリヤは、頼りなく小動物みたいにオドオドしてる。着替えを手伝わせたけど、わたしの裸にドギマギしてて大して役に立たなかった。サクヤの方がしっかりしてる。


「野盗が生け捕りになって、死体泥棒はやってないって白状したら、どうする気?」


「東方の女戦士に剣を向けた野盗が、生き残れるはずがないじゃないですか」


 決め台詞っぽいけど、目を逸らしてる。わたしのひとみを見つめて言うところだろうに。

 まあ、仕方ない。最後の帳尻合わせは、わたしがやってあげるよ。



 痕跡のあった南の森をよく知ってる村の猟師が、野盗が根城にしそうな場所に当たりをつけてくれたので、すぐに根城を見つけられた。

 無理はするな、と言ったはずだが、興奮している村人は先走って何人かが怪我を負ってしまう。しかし、怪我人が出たおかげで逆に「戦士様!」と、わたしを頼るようになってくれた。

 2人を斬り伏せたところで、空気が変わる。

 わたしの到着を待たずに、野盗に斬りかかった若い村人が斬り倒された。

 若い村人を斬り倒したのは、鎖帷子チェーンメイルの上から狼の毛皮を被り、分厚く幅の広い剣を持った大柄な男だった。

 やたらと重そうな剣の剣先は丸みを帯びて鋭くない。突くより叩き付けるための剣だ。


「北の果ての海賊ヴァイキングどもが使う剣だね。そんな重い剣じゃあ、2回と振り回せないだろう?」


 北の海賊戦士・・・狂戦士ベルセルクとか呼ばれてたっけ?


「ふん、試して見るかい?」


 野太い声で不敵な笑う。身体も大きい。戦争が終わって傭兵の仕事がなくなったなら、もとの海賊ヴァイキングに戻ればいいものを・・・と思ったが、海賊ヴァイキングには船が必要だったか?

 すぐに斬り込んでくるかと思ったが、この元傭兵は足を止めて構えを取り直した。


「イリヤ、あんたの剣を貸して!」


 一応男だから、イリヤも山狩りに引っ張ってきた。わたしの荷物持ちだけど。

 イリヤは、如何にも「致し方無い」と言うふうで剣を渡してくれた。緩く反った片刃の刀身、その刀の部分には波紋のような文様が浮かび上がっている。

 雨の中で保護されたサクヤが唯一手にしていたもの。それがこの剣。



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