第7話 錯乱

 領主様のお家騒動に村が巻き込まれているかも知れない・・・司祭様が頭を抱えてしまったので、その日の打ち合わせはお開きとなる。

 炒り豆が美味しかったと伝えると「こんなものでよければ」と、すぐにまた作ってくれた。



 また翌日。

 南の森に男衆が探索に向かった後、わたしは念のために鎖帷子チェーンメイルを身につけて村の留守番についた。南の森は、わたしたちが村に来る前日、襲撃を受けた小川に繋がった森である。


「こんにちは」


 声の主は、エルザさんだった。


「もう、出歩いて大丈夫なの?」


 心配はするが、エルザさんの顔色は良い。しっかりと歩けている。


「はい。少しづつでも身体を慣らさないといけませんから。今日は気分も良いので、少し歩いてみます」


「無理しないでね」


 エルザさんはにっこりと笑って頷き、北の方へ歩いて行った。今は無人になった領主様の別荘へ向かったようだ。

 男衆の留守番と言っても・・・もしも時に備えているだけなので、実は何もすることがない。見晴らしの良い教会の側の丘で、剣を携えているだけ。ただし、何かあればすぐに駆けつけないといけない。

 イリヤは、教会の中で司祭様と知恵を絞っている。

 フードで顔を隠したサクヤが側に来て、昨日司祭様からもらった炒り豆を差し出した。


「ありがと」


 サクヤと一緒に炒り豆を食べながら時間を潰す。



 まだ日が高いうちに、ワラワラと男衆は帰ってきた。しかも、かなり興奮している様子だ。

 ・・・焚き木の後があった。

 ・・・大きな狼らしき影を見た。

 どうやら手がかりがあったようだ。それなら、これからすぐにでも追撃に転じる方がいい。わたしは剣を握り直して、声をあげようとした。

 だが、そうはいかなかった。



「エルザはどこにいた!」


「エルザは、ここにいなかったんだな?間違いないな!」


 身体を慣らすために散歩に出たエルザさんは、すぐに旦那オドさんの家に戻って行った。それは間違いない。


「あの人狼は、エルザが変身したんだろう!」


「エルザを出せ!ハッキリさせろ!」


 声をあげているのは、エルザさんが倒れた時に、旦那オドさんの家に彼女を運んでくれた男達だ。

 男達はあの時、手袋の外れたエルザさんの腕を見たのだと言う。黒ずんで、硬くひび割れた腕は、獣の体毛が生えているようにも見えたのだろう。

 最初の数人の声に、他の男達が追従する。集団となって旦那オドさん宅へ押しかけての大騒ぎになった。

 男達には、旦那オドさんの説得の声は届かない。家の中では、エルザさんとリサさんが、大勢の罵声に脅えているだろう。

 男衆の聞き分けの無さに、わたしが思わず剣を抜きそうになる。

 だが、わたしの癇癪より僅かに早く村長が男衆を一喝した。司祭様も村長のすぐ後ろにいる。

 村長と司祭様の説得に納得したわけでないだろうが・・・男衆はその場から散って行った。



 ようやく旦那オドさんの家が静けさを取り戻したのは日が落ちた後だった。

 リサさんが食事を運んでくれた。食事が終わったら、わたしとイリヤに居間に来て欲しいとお願いされた。

 食事を終えて居間に行くと、テーブルには村長と司祭もいた。エルザさんは部屋のベッドで休んでいると言う。

 村長も、司祭様も、旦那オドさんも、リサさんも、そしてイリヤもわたしも言葉を発することができなかった。

 ・・・長い沈黙が続く。

 沈黙を破ったのはイリヤだった。


茉莉花まつりかの根を・・・用意します」


 そして、イリヤはエルザさんの部屋へ向かった。わたしもついて行く。

 エルザさんのベットの側に立って、イリヤは懐から厳重に太い紐で縛られた袋を取り出した。

 固く巻かれた紐を解いて袋の中から、更に小さな袋を一つだけ手に取る。その中にあった粉末をワインに混ぜた。

 イリヤが、エルザさんの耳元で小さな声で呟くと、エルザさんの顔が脅えるように強ばるのがわかった。

 少しの間、イリヤの差し出したワインを見つめていたが、小さく微笑んでそのワインを一気に飲み干した。

 間もなくエルザさんは眠りに落ちて、わたしとイリヤは部屋を出た。

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