地獄

今日も私は、高台へ向かっていた。めぐは買い物をしてから来るらしい。

私はめぐに、買い物終わったら呼んでと、メッセージを送る。やっぱりめぐが心配だし、帰り道ぐらいは手助けしてもいいだろうと思って。

しばらくしても、既読はつかなかった。

いつもは数秒で既読が付くのに。

別にそんなにおかしなことではない。今は手が離せないだけだろう。

そう思いつつ、けれど、なぜか嫌な予感がして、スマホでニュースを見て気を紛らわせようとし――


『DモールでSPSによるテロが発生。被害状況は――』


Dモール、確か昨日、めぐがそこでピアスを買うつもりだって、


――そして、あの、慣れ親しんだ『感覚』が消えたのを感じた。


嘘だ。


体はすぐに動き出していた。狭い視界で、何度も転びそうになりながら、階段を駆け下りる。


嘘だ。


Dモールへ行くルートを調べ、全速力で走る。何度も人にぶつかって、謝りもせずに走り抜け――


嘘だよね。




そして、私は――地獄を見た。

それはどこかで見た光景。

建物は『黒い靄』に覆われている。それは『視界の端』、私の視界の境界線、しかし、その『黒』はそれだけが原因ではなかった。断続的に爆発音がする。風に流されるようにその『黒』は動いている。赤い、紅い、炎が、立ち上り、爆発し、窓を吹き飛ばしている。


めぐを探さなくちゃという衝動は、明確な死のイメージによって押しとどめられた。それは過去の記憶、ただの人間は、あの中にでは生きてはいけない。ママがそうだったように。


それにもう、あの『感覚』は――


でも、それでも――

私は自分を奮い立たせるように、パシンと頬をたたき、中へ入りこもうと走っていって、走って、走って、走って――ってあれ?確かに私は走っているはずなのに、一歩も前に進まない。なんで、なんでなんで!


「おい、何やってる」


背後から声がして振り返るとパーカーを着た少年が立っていた。中学生ぐらいだろうか。フードを被っていて顔がよく見えない。その後ろには、パトカーが数台止まっていて、そこから警察官が続々通りてきてこちらへ向かってくる。

たぶん、前に進めなかったのはこの少年の能力なんだろう。ならどうしようもないんだろう。くそ、くそくそ!そう思いながら、私はその場から離れ、だけど、そのまま帰ることもできずに、離れた場所で立ち尽くしていた。ギリギリ警察官たちが見える距離、Dモールは視界の外側、『黒い幕』の奥で、悲鳴も爆発音も『聴こえてこない』。視界の中では、機動部隊や警察官が何らかの対陣を作っていて、今にも突入しそうであった。警察官がパーカーの少年に耳打ちするや、彼は右手をかざした――そして機動部隊や警察官らが建物内へと突入していく。きっとなんらかの能力を使って鎮火でもしたのだろう。だから消防車の一台も止まっていなかった。そして、彼もDモールへ入っていった。あたりは静寂に包まれる。


めぐ......どこにいったの?

なんで......私は何もできないの?

また、私は......大切な人を失うの?

ねぇ......どこに行ったの......めぐ.......めぐ......




どうやって帰ったのかは覚えていない。少なくとも日が暮れるまでそこに立っていたのは確かだ。そのあと、警察官に帰るように促され、仕方なく帰ったように思う。ベッドに転がって目を閉じる。もう、そうして数時間が立っている。まったく眠れる気がしない。いつの間にか朝日が昇っているようで、カーテンの隙間から光が漏れている。カーテンを開け、けだるい体に鞭を打ち、着替えて、そのまま家を出た。そうしてまた、Dモールへと向かう。警察官たちはもう、数人しか残っていなくてがらんとしていた。私はどうにか警察官に見つからないようにDモールの中へ入る。相変わらず既読はつかない。電話もつながらない。きっと事件のごたごたでスマホを落としてしまったのだろう。だから連絡がつかないだけだ。そう自分に言い聞かせる。でも、それは違うのだと、本当はわかっている。だって、私の能力は――


「え?」


ふと前を向いたとき、視界の先、瓦礫の下、『黒い靄』に紛れて、見えた。めぐの持っていたバッグだ。

そして、その傍らには粉々に砕けた蒼い宝石――DS《ダス》とラッピングされた箱。

その箱には赤黒い血がべっとりと付いていて――

驚きはなかった。

だって、わかっていたから。

私は彼女がいなくなったと『感じていた』から。

ラッピングをほどき、箱を開ける。そこにはシルバーの、クローバーをモチーフにしたピアスが収められていた。血の一つもついていないきれいなままの姿で、それはそこにあった。


その瞬間、涙が込み上げてくる。今になってやっと、理解した。『これ』が誰のせいなのかということを。言葉の上ではわかっていたはずなのに。本当は何もわかっていなかったんだ。

そして、私の中の黒い靄は、広がって広がって、広がっていく。

すべては私のせい。

私が......誕生日プレゼントなんて......欲しがったから。

私が......あの日、めぐに話しかけてしまったから。


私が――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る