定命のものたちへ。

写像人間

契機

10年前 


「灯火!灯火!どこにいるの!?」


ママの声だ。


「ママ、わたしここに――痛っ!?」


何かが爆発する音とともに、お腹と背中を中心に激しい痛みが走った。

見ると、どこから飛んできたのか、太い木の棒がお腹の真ん中あたりを貫いていた。

痛い......痛い?熱い?寒い?なにこれ。おかしい。おかしいよ。痛い。助けて。


「ま......ま、たすけ......」


声が出てこない。痛いよ苦しいよ。息できないよ。

周りは黒い煙に覆われていて、よく見えない。

怖いよ。

苦しいよ。

ママ。

お腹から何かが流れ出している感覚。何か大切なものが失われていくような、少しずつ少しずつ、意識が遠くなっていって......足音が聞こえてきた。


「マ......マ?」


その人影は私に近づいてきて、そして――また、爆発音が聞こえてきた。爆炎で一瞬、人影が遮られ、次に目にした時には、その人影は体を引きづるように床を這っていた――足がどこかへ行ってしまっていた。

爆発の衝撃で一瞬、意識が浮上したことで、その人影の正体を知ることができた。


「ママ!」


私は痛みで気を失いそうになりながら、何とか、ママのほうに歩いていく――なんで......こんなことになったんだろう......ママの足はどこに行ったんだろう.......ねぇ誰か教えてよ.......

歩いて――歩いて――歩いて行って――


倒れるようにして、ママの元までたどり着くと、ママは震える体を無理やり起こして、私を抱き寄せた。すると突然、ママの体がぼんやりと緑の光で包まれる。ママに撫でられている背中から元気が少しずつ送り込まれるみたいに、苦しさがどんどんなくなっていく――意識がどんどん浮かんでいく――


「ママ......足が......」

「とう......か。逃げ......て」


そう言ったきり、私を抱きしめる力が無くなった。ママがだらんと私にもたれかかってくる。腕を伸ばして体を離し、ママの顔を見る。青白い顔で、瞳を閉じている。見知った顔。服は破けてボロボロで、あざだらけの体が目に入る。『あいつ』にいつも殴られているから。私と同じように。でも、決定的にいつものママとは違ってしまっていた。何が、と問われるとよくわからない。足がないことではない。青白い顔をしていることでもない。心臓の音が聞こえないことでもない。それらは、幼い私にとっては何かの異常な事態を知らせるものでしかなかった。それらは明確に死のサインを意味するものではなかった。しかし、幼い私にはママがもう、いなくなってしまったことが分かったのだ。それは、最近いつも、感じていた、とある『感覚』の喪失によって。


「ママ?」


その肩を揺らす。ママは何も言わない。その『感覚』の喪失はあまりにも、ママの不在を意味してしまっていた。揺らす。何も言わない。だけど、だからって、それを信じられるわけではなかった。揺らす。周りの黒い煙はひどくなり、どこかで爆発音が聞こえてくる。揺らす。ママとは違うが似た『感覚』のあるあたりで、青い炎が立ち上っているのが見える。揺らす。どこからか、よく通る男の声と複数の足音が聞こえてくる。揺らす、揺らす、揺らす、揺らす、揺らす.......揺らした、のに。

ママは何も言わない。
















「灯火さん!起きなさい!」


甲高い声に起こされる。顔を上げると鬼の形相をした先生が立っていた。


「どうしました先生」

「どうしましたじゃないでしょう。授業中ですよ」

「そうですね」


そう答えると、先生はチョークを持った手をグググと握りしめ、鬼の形相に磨きをかけて、


「そうですねじゃないでしょう!もう、あなたは何度注意したら――」


彼女はそう怒鳴っていたが、私はその声を聴き流し、さっきまで見ていた夢の残滓に浸っていた。しばらくすると、先生は諦めたのか黒板の前に戻り、私を指さして言った。


「それでは灯火さん。6年前に起こった『SPS戦争』とはどのようなもので、それが日本にどのような影響を与えたか答えてください」


どうやら現代社会の授業だったらしい。1時間目は数学だったはずだが、私は随分寝てしまっていたようだ。現代社会なら私の得意分野だ。私は自信満々に、姿勢よく立ち上がり答えた。


「SPS戦争は、突如として人々が発症した病気――SPS、というか超能力によって発生した、いわゆる超能力者と国家による武力衝突のことです。世界の主要な都市を中心に、同時多発的に発生したこの戦争で、数十万人もの犠牲者が出たともいわれています。日本はこれによる物的、人的被害の補填のためにこれまで以上に財政難に陥り、各都市にはスラムができるほど、格差は拡大しました」

「日本政府は終戦後、SPSにどのような対処をすることになりましたか?」

「当初は能力を有効利用しようと画策していたようですが、危険極まりないということと各国の圧力もあり、超能力をSPS、supernatural syndromeという病と定義し、それを治療するという方針に変更。どこから湧いてきたのか、莫大な研究資金によって超能力者たちにDSPSD、dis-supernatural syndrome diviceと呼ばれる腕輪を装着させました。この装置、いわゆるDS《ダス》と呼ばれるものは能力を抑制し、同時に、腕輪の中に充填された薬剤によって根本的な治療をすると言われています。しかし、結果として、この腕輪は能力者のマーカーとして機能し、腕輪によって危険性はなくなったにもかかわらず能力者は忌避され、差別されています」

「ありがとう、『基本的には』、間違ってないわね、座っていいわよ」


ふぅ。久しぶりにこんな喋ったぜ。何となく教室を見回す。端のほうは『黒い靄』に覆われて見えないが、みな、姿勢よく先生の話を聞いているように見える。よくやるよなと思いつつ、普通はそうするよなとも思う。『普通』か。昔と比べて、普通の範囲は随分と狭く、息苦しいものになったものだ。


窓の外を見やると鳥が飛んでいた。しばらく眺めていると黒い靄に突っ込んで見えなくなる。私もあんなふうに自由に飛べたらな、なんて。

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