『世界』の終わり
あれから数週間がたった。
あの事件は、能力者たちによるテロであった。それはギルドと名乗る能力者たちの集まった組織の犯行であり、世界で同時多発的に同様の事件を起こした。報道されていたのはそれだけ。私はそんなことはどうでもよかった。めぐがどうして死んだのか、それを知りたかったんだ。
部屋の中は薄暗く、空気はどんよりとこもっている。
もう数週間も部屋にこもっていた。残っていた食べ物は数日でなくなるはずだった。
けれど、おかしなことにいつの間にか補充されていて一向になくならない。
私が勝手に死なないように管理局が補充しているのだろうか。
掃除もしてくれているようだし、随分と甲斐甲斐しい。
こうしていると、ママが亡くなった頃のことを思い出す。あの頃もこうやって部屋に閉じこもっていたっけ。
けれどあの時は、私がいつのまにか得てしまっていた能力に振り回されて、どうにか制御しようと頑張っていた。それが私を悲しみから遠ざけたのか、いつのまにか、学校に通っている自分がいた。
今はどうだろう。能力は制御できるようになって、ほとんど無意識で使えている。
だけど、もう、私が能力を使う理由なんてあるのだろうか。
私は、あの事件の後、管理局を脅し、どうにか情報を引き出した。あの事件の際、Dモールにいた人々はどうしたか。もちろん逃げた。めぐも含めて。けれど、めぐは能力者だった。特殊な機器を用いない限り、誰が能力を使ってその惨事を招いているのかわからないのだから、彼らは不安に感じたことだろう。能力者は手をかざさなければ能力を使えないというイメージが広まっているが、それは、管理された能力者が、そうするよう命令されているからだ。それによって、いつ能力を発動するのかを、周りの味方に明示するために。だから本来はそんなことをせずとも、能力は発動できる。周りを見回しても手をかざしている人なんて見当たらない。だけど、明らかに近くで能力が使われている。そんな状況で人々はどう考えるか。この逃げている人々の中に、犯人が隠れているんじゃないか?そう考えてもおかしくはない。その不安は最悪な形で凝結した。『普通』の人々は一緒に逃げてきた彼女を――DS《ダス》を身に着けた『異常』を敵とみなしたのだ。そうして彼らはめぐに攻撃を加え、意識を失った彼女の上から瓦礫が降ってきて――彼女は帰ってこなくなった。
これがあの事件の――彼女の結末。
世界はひどいことになっている。私の『場』はあの日から、多くの場所で変動を繰り返している。すなわち、より多くの人々が能力を発症するようになったのだ。あの事件のせいで、差別が加速したのだろうか?
まぁ、そんなことどうでもいい。
発症者の増加に比例するように、私の感覚はどんどんと削られている。
1年持つと思っていたのに、このペースだといつ『終わって』しまってもおかしくない。だから――
私は高台へ、『世界の端』へ向かって歩いていた。
歩いているとはいっても、正直ほとんど地面を踏んでいる感覚がなくて浮かんでいるみたいだ。
スマホを取り出し、ぎりぎりまで目に近づけて、あの日、ここで撮った写真を眺める。
色はもう失われてしまっていた。夕日の赤も、肌の色、きれいな髪色も何もわからない。
でも、かつて私はそこに居て、隣にはめぐが立っていたのだ。確かに。
「あ」
『場』の大きな変動と同時に、世界が黒に閉ざされた。いくらスマホを近づけても、もう何も見えない。
「あぁ」
悲しみに飲み込まれそうになって耳に付けたピアスに触る。
めぐが買ってきてくれたもの。
いつだったか、めぐが、私のことを強いといったことを思い出す。
違うよ、めぐ。
私は弱い、弱すぎる。
めぐのことを傷つけるってわかっていて、私の一時の幸福のためにめぐと仲良くなろうとしてしまったんだから。
弱いから――私はこんなことをしようとしている。
「ねぇ、管理局。なんで、倫理教育の浸透に伴って、能力者が増えたんだと思う?」
あの高台で、ほとんど何も見えなくなった視界の中、奈落を見下ろしながら、背後の男にそう言った。耳に付けたイヤホンから背後の男の声が聞こえてくる。
「現在も研究を続けているが、その質問には答えられないな」
「そう。なら、答えをあげる。それは超能力の本質にかかわることなんだよ。超能力――SPS とは何だと思う?」
もう片方の耳に付けたイヤホンから聞こえてくる私の声を聴きながら、そう質問する。
「答えをくれるんじゃなかったのか?」
「あげるよ。だから答えて」
「暴力。故にそれは管理されなければならない」
「管理局らしい答えだね。確かにそれは間違っていないかもしれない。でも、それは本質じゃない。超能力の本質は弱者の叫びだ。異端者の叫びだ。異邦人の叫びであり、マイノリティの叫びだ」
「どういう意味だ」
「言葉通りだよ。超能力は強者という暴力に対抗しようという弱者の魂の叫びであり、その具現化。だから、その弱者が虐げらえれば、彼らの叫びはより大きくなる。倫理教育によってもたらされたのは、弱者に対する更なる差別、迫害だった。彼らは虐げられるほどに、内にどす黒い願望を、衝動を、憎悪を秘めるようになる。そういった心の具現が超能力なんだ。それは病なんかじゃない。彼らにとっての希望そのものなんだ」
何が強者だ。
何が弱者だ。
そんなものに意味はない。
ブツっと音がして、世界から音が消えた。おそらくあの男は何かを話しているのだろうが、その声はイヤホンから聞こえてこない。
ごめん、もう、聞こえないみたいだからあとはこれを読んでね。
その言葉が男に届いたかはわからないが、私は右手を開き、そこに握っていたはずの紙を放り投げた――これは男に届くのだろうか?まぁ届かなくてもいいか。
ピアスを触って心を安定させようとしたけど、もう、何に触れているかもわからなかった。
じゃあ、さよなら世界。
ギリギリ残っていた地面の感覚を頼りに、あらかじめ辺りを付けていたその、壊れかけた柵に向かって体重を一気にかけた。
すると、足が地面から離れていく感覚がした。
そして、落ちていく感覚も。
けれど、その感覚もすぐに消えた。
まるで私が存在していないみたいに。
これが私の『代償』、あるいは『副作用』。
全感覚の喪失。
正確には能力の使用に応じて感覚が喪失していく。
もういい。
もう疲れた。
もう、十分生きたよな。
私はそうして、奈落に落ちた。
男は、灯火が身を投げたのを驚愕の表情で視界にとらえながら、助けようとはしなかった。能力者を作っている彼女が自分から死んでくれるなら、それに越したことはない。そう思ったからだ。けれどそれは間違いだった。
宙に投げられた紙を手に取り、そこの書かれた文面を読み始めると、男の顔は絶望の表情に染まった。
『私の能力は超能力の抑制だ』
その文章を見た瞬間、男は高台から身を乗り出した。
「くそっ!まさかそんな?!」
そうして、何か大きなものが打ち付けられた音がした。
スマホを鳴らす音がポケットから聞こえてくる。
耳に入ってくる情報に絶望を感じながら、男は紙を読み進める。
『あんたらはずっと勘違いをしていたんだ。
一〇年前、最初の能力者がどこかで生まれた。どこで生まれたかはわからない。そうして時を待たずして、私も能力を得た。得た当初はそれが何なのかわからなかった。ただ、何かの存在を感じるようになったなと思っただけ。そうして、あの事件が起きた。
そう、SPS戦争だ。
私とママはそれに巻き込まれ、ママは能力で私を助けてくれた。けれどママは死んでしまった。その時気づいた。この感覚はママが使っていたような、不思議な力の位置を表しているんだって。そしてさらに、不思議な力を発現する可能性がある存在や、それがどんな力なのか『感じる』ことができることにも気づいた。だからすぐに私はすべきことを悟って実行した。すなわち、超能力の発現の抑制を。
正確には発現の抑制と、発現してしまった能力者に副作用を与えること。
本当は前者だけをしたかったんだけど、そう、器用なことはできなかった。
ただ、私は、『場』を作り出して、その『場』の強度を局所的、一時的に高めることができるだけ。『場』の中にいる時点で、すべての能力者は、もしかしたら私も含めて、その影響を受けざるを得ない。
超能力者の発現と『場』の強度のピークが一致するのは、覚醒の確率が急激に高まったところに集中的に力を集め、抑制しようとし、失敗したという結果だよ。
『場』のピークでも発症者が見つからなかったことがあったでしょ?あれは抑制が成功したってことを意味していたんだ。
管理局は平均的に1日に一人の能力者を見つけていたようだけど、
それは私が『場』を広げていたから。
それによって、全体的な発症確率は抑えられていた。
たぶん99%ぐらいは抑えられていたんじゃないかな。
それでも覚醒した人たちは、それほどに、『叫び声』が強かったんだろうね。
きっと彼らの覚醒確率は100%を優に超えていたんだろう。
さて、『場』が消えた場合、それによって抑えれていた大多数の潜覚醒者たちはきっと、実際に覚醒してしまうだろう。
その人口はどれほどだと思う?
答えは、まぁ、言わなくてもすぐにわかるだろうね。
じゃあ、がんばって。今回は数十万の犠牲を出したSPS戦争なんて子供の遊び程度に感じられるほどに、ひどいことになるから。
もしかしたら、世界が終わっちゃうかもね』
ああ、落ちている。その感覚はないけどね。
落下自殺は途中で意識を失うとか聞いていたのだけど、全然そんなことないじゃないか。
そう言えば、なぜあの男は私を助けようとしなかったのだろう。
食べ物を補充して死なせないようにしていたんじゃなかったのか?
まぁそんなことどうでもいいか。
思えばどうして私は能力を使っていたんだろう。
使えば使うほどに感覚が失われていくと知っていたのに。
使命感か、罪悪感から逃れるためか、めぐがいなくなってからも、続けていたのは惰性からだろうか。
もう、どうでもいい。どうせいつか終わる。
だったら、終わりくらい私が決めたい。
管理局と協力して、能力の抑制を続ける道もあったかもしれない。
でも、なんで、そこまでしなくちゃいけないんだろう。
能力は弱者の叫びなんだろう?
だったら、能力の発症は強者のせいで。
だったら、その償いは彼らがすべきだ。
本当にそうか?だったらなんでめぐは死んだ?めぐを殴った『普通』の人々か?事件を起こした能力者か?彼らが発症した原因となった強者か?
どうでもいい。もう、どうでも。この世界に期待なんてしていなかったつもりだったけれど、本当は少しくらいは期待していたんだろう。
もう何も感じなくなった体で生きていても仕方がない。
めぐのいなくなった世界で生きていても仕方がない。
希望はもう、どこにもない。
死の寸前で脳が高速で回転しているのか、なかなか地面に着きやしない。
目の前は黒い靄でおおわれている。だから、あとどれくらいで地面に着くのかわからない。
今更になって、恐怖心が登ってきた。
怖いな。
ねぇ、めぐ。
きっと、また、会えるよね。
それは、私の願望が生み出した幻覚だったのかもしれない。
死の瞬間、私の視界に映っていたのは、悲痛な表情を浮かべためぐの姿だった。
定命のものたちへ。 写像人間 @noname1235
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