執着

「これ灯火さんがやったんですよね」


めぐが無表情で問いかけてきた。その手にはボロボロになった盗聴器と超小型カメラ。


「......なんだろうね、私にはわからないけど」

「目を逸らさないでください。それに最近、みんなが私を避けるように、いやそれは前からなんだけど、なんか怖がってるみたいで」

「へー」

「しかもギブスつけてる人とか、松葉杖ついている人が滅茶苦茶多いですし」

「へーそれは珍しいね」


私は目を逸らし、けれど、その先にもめぐの目があった。


「それに、私の知らない『親戚』がやってきて、私を引き取るとか言い出したと思ったら、私に部屋と生活費を与えて、一人暮らしをさせてくれるし」

「へー、よかったじゃん」


管理局を脅した甲斐があったというものだ。


「全部、灯火さんがやったんですよね」

「いや」

「ですよね?」

「はい」


珍しくめぐが怖い。いつもはあんな癒し系なのに――

と思ったら、めぐは突然、がばっと私を抱きしめた。


「えっ、えっ?」


「......ありがとう......ありがとう.......ございます」


耳元で震えた声でめぐが言った。その声に涙を滲ませながら。


それを聞いてやっと、頭を覆っていた不安感から解放された気がした。うまくいって、よかった。ほんとうに。そして、今更ながら、なんでここまでしたんだろうと思った。貯金を取り崩して、盗聴器やらカメラを買って、管理局を脅したり、昔の貸しを使ったり、無理やり貸しを作ったりして、何度も危ない橋を渡りながら、ここまで来た。他人のために自分がここまでできることに驚かされた。いつの間にか、私の中で、めぐという存在がそれほどまでに大きくなっていたということなんだろうか。




それからめぐの顔色は良くなっていった。盗聴器やらで監視していたことも特に何も言われていない。『普通』であることを気にしすぎているめぐのことだからもっと何か言われると思っていたから拍子抜けだった。

そうして、今、めぐは私が買ってきた三食団子ももぐもぐと頬張っている。


「そんなに美味しい?それ」

「もちろんです。灯火さんも食べますか?」


いつのまにか目と目を合わせて、普通に話せるようになっためぐに問いかけられる。


「いや、私は別に」

「まぁまぁ、そう言わずに、あーん」

「え」

「あーん、です」

「いや、えっと」


言い淀む私に、ムッとした表情で、めぐは三食団子を差し出す。早くしろと言わんばかりだ。なんとなく気恥ずかしくなり、抱きしめられているときのめぐはいつもこんな気持ちだっだのだろうかと思った。

腹を括ってぱくりと団子を口に入れる。


「美味しいですか?」

「美味しい美味しい」

「そうですよね最高ですよね」


そう言ってめぐはにへらと笑みをこぼす。

三色団子の淡い味なんて、もう、感じないけど、その笑みだけでお腹いっぱいになりそうだった。


「そういえば灯火さんの誕生日っていつなんですか?」

「唐突だね」

「いいから教えてくださいよ」


そう言うめぐの瞳は、軽い口調とは裏腹にとても真剣なものに見えた。


「22日だよ」

「え!明後日じゃないですか!?」

「そうだね」

「何か欲しいものとかないんですか?」

「くれるの?」

「はい!私は、灯火さんにもらってばっかりなので少しでも何かしたいんですよ」

「別にそんなこと――」

「ありますから」


食い気味にそう断言される。けれど、私だっていろんなものをめぐにもらっているのだ。今までの無味乾燥な、淡い絶望に染まった人生を変えてくれたのだから。けれど、それを言うのは気恥ずかしくて、ごまかすように言う。


「そうかな。まぁいいけど――ほしいものね。なんだろう」

「何かないんですか?」

「うーん、あ、めぐの部屋行ってみたい」

「......ほしいものを聞いたんですけど」

「いいでしょ別に」

「いやでも――じゃあとりあえず今から来ます?」

「え、いいの?」

「別にやましいものは――まぁ、ないですし」

「やった。行こ行こ」


友達の家に行くなんて、何時ぶりだろうか。楽しみだな。



なんて気軽に言った私がばかだった。


「ごめんなさい、こんなで」

「いいんだよこれくらい」


私はめぐの手を引いて、道を歩いていく。先に道は教えてもらっていたので問題はないが、『黒い幕』の中から急に人が現れるとびっくりする。

そうして、彼らは、私たちを見て顔をしかめるのだ。

これがめぐの、いつも見ていた光景なんだろう。


「......いつも、こんななの?」

「まぁ......はい。とはいえ、基本、足元見てるので、大丈夫なんですけど」

「危なくない?」

「まぁ......でも......慣れてるので」


その声は暗く沈んでいた。下を向いて歩いているめぐを想像して胸が痛んだ。

......まだ、大丈夫だよね。


「じゃあ、さ。今度から、私が迎えに行くよ。それで一緒に学校行こう?」

「え、でも――」

「私が一緒に行きたいからさ。だめ?」

「......だめじゃ、ないです」


消え入るような、震えた声でめぐは、そう、こぼした。




「どうぞ」

「お邪魔します」


そこは何の変哲もないマンションの一室だった。

中へ入ると、まず目に入ったのは、大量のぬいぐるみ、そして、壁際にうず高く積み上げられた段ボールの山だった。


「このぬいぐるみ......すごいね」

「うぅ、やっぱ子供っぽいですかね」

「え?いいじゃん。私も好きだよぬいぐるみ」

「そ、そうですか?よかったぁ」


安心したように体を脱力させてめぐは言った。

段ボールは.......まぁ触れない方がいいだろう。『副作用』を考えれば買い物に行くのも難しいのだろうから。


そうしてしばらく、ぬいぐるみ談義に花を咲かせて、


「そういえば、このぬいぐるみって全部自分で買ったの?」


小型カメラで見ていた施設での、何もなかっためぐの部屋を思い出して言った。


「そうですね。今、自称親戚さんに生活費出してもらってるんですけど、その額が多すぎて――ていうか灯火さん、あの親戚って誰なんですか。どこから来たんですか」

「さ、さぁ」


鋭い眼光で見つめてくるめぐに、私は言葉を濁すしかなかった。


「それよりさ、そこにあるのってピアッサーだよね。ピアス開けるの?」

「またそうやってごまかす......そうですよ。灯火さんがつけてるの見ていいなと思って――あ、ピアスとかどうですか?誕生日に」

「確かに、ずっと同じの付けてるから、変えたいなとは思ってはいたけど――」

「よかった。じゃあ、明日買ってきますね」

「......買ってくるってお店で?」

「当然じゃないですか」  

「......大丈夫なの?」

「大丈夫です」

「本当に?私が一緒に行っても――」

「いいえ、私が1人で行きます......行かせてください」


決意を目に宿し、めぐが真剣な眼差しで言った。副作用のことを考えれば、めぐが人の多いだろうお店で買い物をするなんて、明らかに負担が大きいと思う。なのにめぐは行きたいと言う。ならその意思を尊重すべきなのかもしれない。確かに将来のことを考えれば――私が一緒に行けなくなった時を考えれば、それくらい出来ないとだろうし。心配だけど。引き止めたいけど。そこまで言うなら仕方ない。


「わかった」

「ありがとう、ございます」

「なんでめぐがそれを言うのさ。プレゼント貰うのは私なんだからお礼は私に言わせて。ありがとうめぐ。頑張ってね」

「......はい。それで、ですね、あの......」


と、さっきまでの意思に満ちていた瞳を不安げに揺らしながらめぐが言う。


「私も同じピアス.....つけてもいいですか?」

「え」

「い、嫌ですよね。ごめんなさい。きもちわる――」

「そんなことないよ」


そう言って私はめぐの背中に手を回す。そうして、いたずらっぽく続けた。


「何なら、私から言おうと思ってたし」

「え?」


そして、めぐのその言葉によって、どうしようもないほどに沸き上がってきてしまった衝動に、欲望に引っ張られて――


「だから、忘れな――ごめん」


言いかけた言葉に胸を刺された。衝動は黒く重たい感情に押しつぶされる。なんて最低なんだろう。終わりなんて、もう受け入れていたのに。関わってしまったから、こうやってまた、怖くなって、そうして、終わった後で、めぐを傷つけることになるんだ。最低だな。もう、でも、今更、離れるなんて、できないよ――

めぐは何も言わないで、私の言葉を待っている。いい子だ。本当に。めぐが私なんかとお揃いのピアスを付けたいと思うほどに想ってくれているなんて、これ以上の幸福なんてないのに.......


「だから――ありがとうね。めぐ」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る