排斥

ここ最近、めぐに元気がない。最初のころを思えば、そりゃそうだという感じもあるがそれにしてもおかしい気がする。例えば、めぐは和菓子が好きだ。私がコンビニによく売っている3本入りの三色団子を買ってくると、3本とも食べてしまうほどに。しかし、この間はたった一本しか食べなかった。しかも泣きそうになりながら食べていた。一瞬、泣くほどにめちゃくちゃおいしいのだろうかと思ったが、そんなわけはないだろう。それに以前は毎日のように高台へ来ていたのに、最近は来ない日も増えていた。私がその理由をいくら聞いてもはぐらかされるだけで、だから――


「盗聴器ください」

「堂々としすぎだろ嬢ちゃん」


いつものスラムへやってきた。現金を握りしめているからか、周りからぴりついた視線を感じる。みんなお金大好きだよね。


「あるんでしょ?」

「まぁあるけどよ。それなりにするぞ?」

「大丈夫。金ならあるから」


ほらほらと言って諭吉をひらひらさせる。


「わかった。わかったからその手に持った金しまえよ。襲われても知らねぇぞ」

「大丈夫、もし来たら返り討ちにしてやるし」

「はぁ。まぁ嬢ちゃんなら大丈夫だろうが......」


というわけで、無事、いい感じの盗聴器と超小型カメラを購入し、スラムを出た。残念なことに誰にも襲われなかった。最近、『代償』がひどくなってきて、ついに黒板の文字にさえ黒い靄が混ざり始めたから苛立っていた。だから買い物ついでにストレス解消でもできたらなと思っていたんだけど.......前にぼこぼこにしたせいで怖がられているんだろうか?こちらはただのいたいけな女子高生だというのに。


高台でめぐといつものように会話をし、事故を装って抱き着き、存分に愛でながら盗聴器とカメラを取り付けることに成功した。制服のセーターに付けたから洗濯される心配もない。


次の日、学校をさぼり高台へ。イヤホンでめぐの様子を盗聴する。カメラの映像はスマホに映るよう設定してある。カメラは教室全体を映していた。周りの生徒はみな、目を背けている。わかってはいたけど、胸がむかむかする。めぐが一つの席の前で立ち止まり、椅子を引き、座り込む。カメラに机の中が映りこむ。


「なにこれ」


画鋲だ。大量の画鋲が机の中に入っている。めぐはバッグを横にかけ、私の貸した本を取り出し読み始める。気づいていない。カメラを遠隔操作して周りを見回す。こちらを見てにやにやしている顔を確認する。

しばらくして、先生が入ってくる。めぐは本を机の中に入れようとした。あぁ、待って。


「ひっ」


めぐの声だ。とっさに手を離し、急に立ち上がる。その反動で、机が倒れる。画鋲が散らばる。


「あ、あ」

「何してるんですか?」

「あの、えっと画鋲が......」

「またあなたですか。片付けといてくださいね。ではHR始めます」


胸が軋む感覚。カメラを再度操作し、めぐを眺める醜悪なモノどもの顔を映し出し、一人ひとり確認していく――しかし、ガサゴソと音がしてめぐが移動したからなのか、カメラ一杯に床が映った。そこには大量の画鋲が転がっている。


「なんで」


めぐがつぶやく声。


「なんでなの」


1時間目終了後、トイレから帰ってきためぐはバッグから教科書を取り出そうとして手が止まる。カメラをそちらへ向けると、表紙が破かれ、ひどい落書きがされていた。

2時間目、移動教室。めぐが椅子に座ろうとすると、近くにいた男子が椅子を蹴飛ばして、そのままめぐは転ばされる。周りからは笑い声。授業中、めぐの周りは異様に空いている。「近づいたら感染するって」「まじやばいじゃん」「めぐ菌が移るー」笑い声。

3時間目前、教科書を取ろうと机の横に手を伸ばす。カメラにはその手が宙を掴んでいるのが見える。そこにあったはずのバックが消えていた。

4時間目前、バッグを見つけたが、びしょびしょに濡れていて、もちろん、中に入っていた教科書やノートもひどいありさまだった。机に戻ると、大きく、死ねと言う文字、その周りには罵詈雑言の言葉がたくさん、たくさん書かれていた。

4時間目は自習時間だった。教師は教室に居ない。めぐは壁際で、数人の生徒に囲まれている。


「こいつ、下の毛も茶色なんかな」

「ははっ!確かに気になるね」

「確認してみようぜ」

「や、やめ――」

「は?何口答えしてんだよっ!」


そう言って目の前の女子がめぐの股を蹴り上げる。「ひぐっ」めぐはうめいて体を守るように膝を抱える。けれど、数人がかりで蹴られて、殴られて、膝を抱えていた腕はどんどん緩んでいく。彼らのうちの一人が、めぐの服を無理やり脱がせ始めると、「やばっ」そう言いながら、数人も参加して、めぐは抵抗できずにされるがままになる。やがて、セーターが脱がされ、カメラは天井を映すのみとなり、音声だけが聞こえてくる。蹴られた時に破損したのか、カメラを動かすことができない。


「おい、何隠してんだよ」


「いやぁ。嫌だぁ」


めぐの泣きじゃくる声が私の胸を締め付ける。


「写真撮ろうぜー」

「いいね」

「賛成」


死ね。死ね死ね死ね死ね。

全員、覚えとけよ。



昼休み、チャイムが鳴ってすぐに、彼女はバッグを持ったまま教室を出て、トイレの個室に入った。扉を閉める音。ガサゴソと音がして、手元にお弁当が現れる。包みをほどくその手は震えていた。容器を開けると、美味しそうな料理が現れる。

その時、数人の女子の声が聞こえてきた。

めぐの手の動きが止まる。


「めぐちゃんいるんでしょ?」

「めぐちゃーん、お弁当持ってどうしたの?」

「便所飯とかうけるんですけどー」


下品な笑い声が個室の壁越しに聞こえてくる。めぐは手は止まったまま。何かをこらえるような、かすかな呼吸の音だけが聞こえる。

しばらくガチャガチャと大きな音がして、「せーのっ」女たちの楽し気な声。そして水音。ぶつ。音が途切れ、カメラは何も映さなくなった。


その日、めぐは高台へ来なかった。







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