ロベリアより愛を込めて



 綺麗な花には棘が、美しい果実には毒があるという。棘も毒も持ち合わせない私は、恋人という毒に脳内を侵され、枯れゆくだけだ。

 人が生まれながらに不平等なのは、何も生きた人間に限ったことじゃない。生まれゆくすべてのものがその運命を背負っている。


 春は、私の恋人に春を連れてきた。それは喜ばしいことで、私が長年望んでいたことだ。雪が降るような出来事、と思っていたこと自体がおとぎ話だったのかもしれない。

 恋人が私を全く思い出さなくなって約1年が経つ。彼の脳内は「木村」に侵食され、私は消えていった。木村は恋人がロングが好きだと知って髪を伸ばし出し、今や私と同じ胸の辺りまである。受験生なのに色恋ごとにうつつを抜かして、と睨むばかりだったけれど、恋人も木村も同じ第一志望の大学に合格して、この夏から親に内緒で半同棲をはじめるらしい。それも、いつも隣で見守って、一緒に英単語や歴史上の人物を覚えた私のおかげね、なんて考える。

 指定校推薦を受けられるように、期末テストの時に耳打ちしてあげたのがよかったみたい。私は、先生にばれたらどうしようってものすごくどきどきしていたんだけど。



 いつものカフェ前に、きりぎりすが立っていた。

 少し話そう、と近くの公園へ向かう。

 ここは記憶の砂漠。私たちが埋められる場所。時々蝶々のような、青紫の花が空から降ってきて、砂に混じって消えた。かつてみさきちゃんもここに埋められ、消えてしまった。


「まだいたんだね」


 哀しそうに笑う彼は、私の行く末を表している。そっちこそ、と砂地に腰掛けた。


「ねぇ、私たちが存在する意味って何なんだろうね?」


 私は砂に指で絵を描きながら尋ねる。緩やかな風が、私の痕跡をすぐに消してしまう。


「こんなに頑張って尽くして、大好きって言って、好きなようにされて。好きなようにされただけで終わる私って、一体何なんだろうね。報われない未来を知っていて、ずっとそばにいた私って、何だったんだろう。それでもね、たまに、思い出してくれるんだよ。大学に着くまでの電車の中とかで。ずるいよね。たまに声かけてくれるの。『久しぶり?元気?』って」


 前は当たり前のようにしていた会話も、今や声をかけられると逆に驚いてしまうくらいになっている。驚く私に、びっくりした?こっちは元気にやってるよと笑う恋人。知ってるよ。ずっと見てるからねと笑いかける私。私はそのうち、恋人の姿を見ることすら、叶わなくなるんだろう。


「きりぎりすは、どうしていつまで経っても消えないの?」

「君を一人にしないためかな。『俺が忘れても、ずっとそばにいて』って、言われてるから」

「なにそれ。というか、ただのセフレに言われたくないんだけど」

「僕は僕の意思では君と寝ることはないから、これからはただのフレンドだね。それに、もし君が望むなら、恋人の代わりになることもできる便利な人間だよ」

「嫌だ、気持ちわるい。私はきりぎりすじゃなくて、恋人に愛されたいの。……愛され、たかったな」


「愛されてたんじゃないかな。僕を此処に残すくらいには」


 私は目を見開く。

 あぁ、そうか。これが恋人からの最初で最後のプレゼントなんだ。

 私はこの先、恋人に抱かれることはない。小さな箱をパカっとして、きらきらのダイヤを薬指にはめられることも。真っ白でふわふわなベールを纏い、誓いのキスをされることも。病める時も健やかなる時も一緒にいたのは私なのに、その全部を、木村やこれから新たに出会う人たちに盗まれてしまう。


「そうだね」と私たちは歩み始める。

 叶わない願いなんて、最初からなかったのと同じだ。









だって、私たちは、彼の空想人物イマジナリーなのだから。























 

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薔薇の残骸 夜市川 鞠 @Nemuko3

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