アリウムの水槽


―――"最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できるものである。"



 ポテトの揚がる音が店内に響く。りかちゃんはしなしなのポテトとハンバーガーを交互に食べながら、私の恋愛に探りを入れている。

 彼からの連絡はないの?とか、もう2年も経つのに全然進展しないね、とか。いつものように、私が悲劇のシンデレラになるのを望んでいるのだ。

 りかちゃんに話したところで、何かが劇的に変わるわけでも、私の気持ちが楽になるわけでもない。だから話すのを躊躇っているのに、しつこく聞かれて、話すまで帰りませんって姿勢を見せられると、早く帰りたい私は話すしかなくなってしまう。


「恋人に、好きな人ができたっぽい」


 えーまじ!?とオーバーリアクションをとるりかちゃんの目はとても嬉しそうだ。

 まぁいっか、と思いながら、最近の恋人はその子を落とすことばかり考えていて、検索履歴が『片思い』『デートはじめて』『返信はやい脈あり』みたいな典型的な恋愛初心者になっていることを淡々と話す。ついこの間映画館デートに行き、三回目のデートで告白をした。木村の返事はイエスだったようで、今度は『彼女処女どうする』とか『はじめてタイミングいつ』みたいなのをネット上で読み漁っている。付き合って約1年が平均のベストタイミングだと知ったようで、昨日は鼻の下を伸ばしていた。 

 なんというか、せめて、私に悟られないようにしろよと思う。


「えぇ、なんか萎えだね。てか、2年間一回も手出してこなかったくせに、浮気相手にはノリノリじゃん。彼女に他の人とはやらせてさ」


 なんでもないふうに目を逸らしてきた曲げられない事実は、面と向かって言葉にされると割と心に刺さるようだ。怒りと悲しみが込み上げてきて、何にも言えない私は苦笑するしかない。


「うちのすきぴはいつも即レスだし、毎朝大好きおはようから始まるから何の不安もないなぁ。あー、でも誰にでも優しいから、他の女の子に誤解させちゃうの、罪深いよねぇ。それで毎回不安になるんだけど、りかのことしか見てないってわかるから、どーでもいーや!ってなる」


 結局、こうなるんだな、と嬉々として彼氏自慢をするりかちゃんを見ながら思う。彼女は私の不幸を餌に、自分がどれだけ幸せか確かめる癖があった。りかちゃんの話の頭には全部「あなたと違って」があって、尻尾には必ず「私は幸せ」が付いている。

 この前はデートで遊園地に行き、夜景を見ながら将来について語り合ったらしい。次のデートではペアリングを作りにいくとかなんとか、本当にお幸せでなにより。はやく消えて仕舞えばいいのに、なんて思ってしまう。けれど、私とりかちゃんは天地の差があるようで、同類のはずだった。


「そんなに思い詰めてるのにさぁ、よく生きてられるよね。りか、すきぴにそんなことされたら死んじゃうかも」

「期待するのをやめたからかな。期待しなければ、返事が来なくても、まれに返事がきただけで嬉しくなるし。他の女ができたからって、私を選んでもらえた時期があったことが奇跡だと思えば、そうかって思うし。ものは考えようなんだよ」

「えー、なんかそれって、すごくかなしい。りかなら、生きてる意味あるのかなって、思っちゃうかも……。あ!すきぴから返事きた」


 私たちが生きている意味なんて、もともと何にもないでしょ。かなしいって感情すら、本当に私のものなのかさえ今ではわからない。

 私はいつか読んだ本に書いてあった言葉を思い返す。最も可愛い女が生き残るのではなく、最も堅実な女が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる人なのだと。

 何の肉でできているのかわからない恋人の好きなナゲットをメロンソーダで流し込んだ。

 

 

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