【二】雄鶏の鳴く朝
金切り声を聞いた日の、前日の朝。まだ何処かで
コケコッコー、コケコッコー。
うん、おはよう。
ここは、
コケコッコー。
桜の下で拾われた孤児だからというすこぶる安直な理由で、私は
コケコッコー。
うるさいね、さっきから! 今、私が喋ってんの!
私ともうひとり、孤児姉妹の
「あれ、あの
おい、あとで本殿裏に来い。
たった今、青天の霹靂に打たれたこのお兄ちゃんは、
「や、やめなよ吉平。桜華だって、自分を変えようと頑張ってるんだから」
ん? んんん? この、褒めてくれてるのか貶してくれてるのか判らないお兄ちゃんは、
「お兄ちゃんたち、狩りに行くの?」
吉平は弓矢を、宣長は釣り竿と籠を持っている。訊くまでもなく、今日のご馳走を獲得しに出るのだろう。私からの問いを受け、吉平は腰に手をあて、いかにも「えっへん」と言いたげな様子で答えた。
「おう! 俺が出るからには大収穫間違いなしだ! 首を洗って待っとけよ!」
「吉平、首を長くしての間違いだよ」
なんでご飯を楽しみにしただけで、斬首されなきゃいけないのよ。
がははがはは。そう誇らかそうに笑いながら、吉平は鳥居をくぐって狩りに向かう。慌てた様子で、宣長は彼を追いかけて行った。
コケコッコー。
雄鶏たちも、お兄ちゃんたちに激励の応援歌を歌っている。
それなりに長い時間掃除をしていたが、掃いても掃いても土煙が出続ける。私は「参拝客なんて来やしないのに」と、永劫に湧く
「桜華」
前に声の主は見えないので、私は振り向く。音吐朗々と、朝いちばんとは思えない爽やかな声で私を呼んだのは、小町だった。
「何してんの?」
「何って、掃除よ」
心外極まりないわね。
小町は目を薄くしか開いておらず、何か奇妙なものを見ている風だった。鳥居横の掃除に終始する
そんな私の内心など露知らず、小町は事も無げに言う。
「朝御飯を食べて、あたしとあんたはお勉強だってさ。お父さんが呼んでたよ」
ここの孤児たちはみんな、お父さんから基本的な読み書きと計算を教わる。神社を出て独り立ちした時に、恥をかかないように、との事らしい。読み書きは基本として、計算もできれば、
……できるとは言ってない。
「はいよ、行こっか」
有象無象、魑魅魍魎の全滅は諦め、私は白旗を振った。お勉強は憂鬱だが、朝御飯が待っているなら話は別だ。歩き出そうとした折、ふいに、頭上で何かが舞っているのを認めた。見るとそれは、濃い緑色をした楕円形で、四寸くらいの小片ふたつだった。
「桃の葉っぱだ……」
小町がつぶやいた。彼女の言葉通り、その緑は桃の木から乖離したものらしい。奇妙にもそれは、私と小町それぞれの胸元に向かって落ちてきた。なんて
ぐうう。
……前触れもなく唐突に、奇怪な重低音が鳴り響く。私はそれに、えも言われぬ恐怖を感じ、さっさと
「桜華、あんたお腹なっ——」
「ちょ~っと静かにしようね、小町ちゃん?」
はしたなく真実を指摘しようとした小町を遮ると同時に、顔面に僅かな熱を感じた。兄弟姉妹から「おてんば娘」と称されがちな私にだって、恥じらいくらい、いっちょ前にあるっての。
コケコッコー。
雄鶏うるさい。
小町と駄弁りながら境内を歩き、享楽の頂に浸る私。それとは裏腹に、
——どうも、雲行きが怪しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます