【玖話完結】仇討桜の救済譚【拾話準備中】
ねこかもめ
【壱話】毒花の芽吹き
【一】金切り声
◇◇桜華◇◇
その日、私を覚醒させたのは金切り声だった。
もうひとり同じ部屋で眠る孤児姉妹の
朝だ起きろと告げる
中途半端な時間に起こされたせいで、少しばかり頭痛がする。のども乾いた。水を飲みたいという欲と、このまま眠ってしまった方が楽だという気持ちが、私の中で戦乱の世を築いている。どちらが私の意思となり、行動へと昇華するだろうか。天井の木目を観察しながら、天下分け目の戦を見守る。
そうしているうちに、
ふと、さっきまで聞こえていた不穏な声々が、もう聞こえないことに気が付いた。その代わり、どたばたどたばたと、大げさに走る音が聞こえ始めた。せっかく寝ている孤児姉妹が起きちゃうじゃんという心配から、私は「なに、こんな時間に」と
さて、のどを潤しに行こうかな。そう思って伸びをしていた折柄、部屋と廊下とを隔てる
「お父さん、どうしたの?」
眠る姉妹を起こさないよう、小声で彼に問いかけた。彼は荒れた呼吸を一瞬——いや数瞬で整え、足音が表していたように狼狽した様子で、しかし私と同じく忍び声で言った。
「しっ、喋らないでついて来なさい」
右の人差し指を口の前で立て、お父さんはさらに続ける。
「今から二人を、
「か、隠す? なんで?」
「いいから、黙って従ってくれ」
そう言いながら、彼は寝ている姉妹を強引に右肩に担いだ。目を覚ました彼女にも、私にしたのと同じ説明を繰り返す。彼女も尋常に惑乱したようだったが、お父さんの言葉を耳にして大人しくなった。
「お父さん、その染み」
今宵の彼の着物は薄黄色の無地だったはずなのに、いたるところに黒——じゃないな、紅色の汚れが見えた。それを不審に思って「染み」と呟いたけど、彼は何も返してはくれない。次の瞬間、お父さんは私の右腕をつかみ、否応無しに引っ張った。部屋を出る一瞬、部屋と外とを隔てる障子越しに、
喋らずついて来いと言われていた私は、お父さんが言うならと素直に従った。
やがて私たち三人は祈祷殿へ。普段は通らないような変な順路だったから、いたずらに遠回りだったような気がする。宣言通り一番奥の押し入れを開き、私と孤児姉妹はそこへ押し込まれた。いつから使われていないのか分からない布団が私たちと同居していて、鼻が捻じ曲がるほど
「いいか、騒ぎが収まるまで、絶対に出てくるんじゃないぞ」
お父さんは神妙な顔をして、私らに念押しした。私も孤児姉妹も黙って頷く。安心したのか、彼はほんの一刹那だけ
狭い。暗い。臭い。息苦しい。押し入れの中に取り残された私たちは、お父さんが呼び戻しに来るのを愚直に待ち続けた。少しばかりだった頭痛が、激しくなっていく。ずきん、ずきん。そのうち息が浅くなり——ずきん——猛烈な眠気に……襲われ、た。ずきん。やがて、睡魔は……頭痛をも、打ち負かし……私には、抵抗……する、猶予も、与えられず……。ある時を、境に……私の、意識は…………途、絶え……た————。
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