【二十一】無敵の言い訳
狭い通路だから自由には避けられず、十六夜も私も、それから小町も壁に背中をつける形での回避になった。
「うわあ、火が!」
三人は松明を躱せたけど、牧師さんはそうじゃない。直撃した松明は牧師さんの服に炎を移した。より具体的には、彼の左袖だ。
「落ち着いて、暴れないで!」
着火した部分を小町と二人で
「十六夜、私らはいいから、あいつを追って!」
「承知した!」
十六夜の足音が遠ざかっていく。彼女の足音はぴちゃぴちゃと——
「牧師さん、水! 地面に水溜りが」
「は、はい!」
……危なかった。彼を焼こうとした炎は、じゅっと音を立てて消えた。
「ふう、焦った焦った」
私は思わず溜息を吐いた。ほんとに、心臓が止まるかと思ったよ。
「火傷は大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。袖が焦げた程度です」
「あんのくそ
さっきまで怖がってた人間とは思えない言葉選びで、小町が怒りを露わにする。絶対小町の方が口悪いでしょ、私なんかより。
「御二方とも、助かりました。ありがとうございます。しかし安心はできません、すぐに十六夜様を追いましょう」
小町と共に頷き、洞窟の奥へと進む。ちょっと駆け足で行くと、曲がった先、一分もしないうちに十六夜の背中が見えた。村長の姿はない。十六夜を撒けるほど機敏に動く爺さんってこと……?
「おお牧師よ、無事だったか」
「我が母国では、土葬が主流なのでね」
「はは。冗談を言う余裕があるようで何よりだ。だが、こちらはそうでもない。見ろ、道が二股に分かれている。奴がどっちに逃げたか分からない」
なんだ、吃驚した。元気がない感じだったから、私てっきり……。
「爺さんに抵抗されて、怪我でもしたのかと思った」
「はは。桜華よ
「牧師さん、今すぐに土葬ってやつの準備してくれる?」
「はは。良いね桜華、それだよ!」
どっちに転んでも十六夜の掌の上。くっそ腹立つ……。
「そんなことより」
とっ散らかった会話を、小町が一言で片づける。さすがしっかり者。
「急いで追わないと。分かれ道はどうする?」
「四人で片方ずつ調べてもいいが……先に選んだ方がはずれで、その間に逃げられては困る。二人組に分かれるのが無難だろう。……時間が惜しいから、私が適当に指名するぞ。私は左に行く。小町、ついて来てくれ。桜華と牧師は右だ」
小町と離れるのは不安だったけど、よく考えたらその方が小町の安全は確保できるかも。悔しいけど何か起きた時、確実に小町を守りながら対処できるのは私より十六夜だ。
「奴が見つからなければ、ここに戻って来よう。先に戻った方が、もう片方を追いかける形で合流だ」
「了解。小町、そいつ不審者だから気を付けてね」
「分かった」
「はは。安心しろ。私を誰だと思っている」
あんただから言ってんだよ。そう言葉にはしなかったけど、私は「ふん」とだけ言って右の道へ足を進めた——。
◇◇小町◇◇
桜華たちと別れ、十六夜と二人で左の道を進む。本当は右が良かった。べ、別に桜華と一緒が良いとかじゃなくて……! さっきから聞こえていた声がするのは、左からな気がする。それに、牧師さん曰く悪魔は左が好き。つまり、何かあるならこっちだろう。
「時に小町よ」
「なに?」
「君たちは、昔なじみか何かなのか? 随分と仲がいいように見えるが」
君たちっていうのは、多分あたしと桜華のことだよね。そんなこと聞いてどうするんだろう。そんで、なんて答えよう。下手なことは言えないし、適当な嘘で騙せそうなやつじゃないし……。
「まあそうだね。幼馴染というか、ほぼ姉妹みたいなもんかも」
「そうか。この村へは何をしに来たんだ? 桜華は御鏡の話をしていたが、もしや何処かで鏡の情報を掴んでやって来たのか?」
なんだか尋問を受けてるみたいで嫌だな……。
「城下町の帰り、たまたま寄っただけ」
「生明や巫女——実稲とはここで知り合ったのか?」
「そう。暗い夜道を歩いてたら、狼が出るから出歩くなって家に泊めてくれたのが生明との出会い。で、御鏡のことを知るために生明が紹介してくれたのが実稲」
御鏡の事を考えると、あたしと桜華が分散したのは、結果的に良かったのかもしれない。あたしらの見てない所で、十六夜が鏡をこっそり回収……なんて事態を避けることができるからね。
「そうだったのだな。ところで、『たまたま寄っただけ』というのは、随分と便利な言い方だ。そう思わないか?」
「どういう意味?」
「本当に何の目的もなく、城下町から村に寄ったのか? 寄ったという言葉から、それ即ち意図して寄り道をしたのだと窺えるが。それに、役場に居た理由も気になるところだな」
城下町からここを通って帰ろうというのは、桜華からの提案だった。思えばあれは、骨董屋の店主に腹を立てていたあたしの気を紛らわそうとしてくれていたのかもだけど……なんて説明しよう。嘘は吐かず、それでいて大事な部分は隠せるような言い方は無いもんいかね。
「どうしても言わないと駄目?」
「納得できる説明があれば、同僚や上の者にも君たち二人は怪しいものじゃないと、自信をもって説明できるのだがな」
つまり、防人から信用を得ることに繋がるかもって事だよね。それば是非とも頂戴したいところだ。
「役場に居たのは、骨董屋の店主に頼まれて書類を提出しに行ったからだよ」
「骨董屋の?」
「あたしら最近、骨董品とか御宝とかを鑑賞するのに凝っててさ。ついでに店主に面白い話は無いかって聞いたら、情報は只じゃないって言われたわけ。書類の件は、そのための労働」
「はは、なるほどな。御鏡を追っているのは、その趣味の一環というわけか」
ここまでは納得してくれたのか、十六夜は何処か満足そうに頷いた。
「それで、そもそもこの村に寄った理由は?」
「それは、ほら……」
如何しよう。生明との馴れ初めは正直に話した。だから彼女のもとへ遊びに来たとは言えない。骨董屋に腹を立てて……って話も、せっかく趣味ってことで突破した部分を掘り返すことになる。そもそも、何か理由をでっち上げればたまたまという表現との矛盾を一個増やすことになる。何か、良い言い方は無いかな……。あたしは必死に記憶を探った。
——そういえば、こういう風に、何故ここに居るのかって説明を求められた場面があった気がする。そうだ、山道で出雲さんとすれ違った時だ。あん時、桜華は確か……。よし、解決策は見つけた。あとは恥ずかしいのを我慢して言うだけだね。あ~あ最悪。あいつ、もっとましな言い訳は無かったのかよ……!
「あ、逢引きってやつだよ。ほら、いつも見る景色ばっかりじゃ飽きるじゃん? だからあたしら、新鮮さを求めて通ったことない道を選んだの。そんで、生明と出会った時の話に繋がるってわけ」
「ああ。あはは、そういうことか」
もしかして、いけた? 最強すぎるでしょ、逢引きって言い訳。「嘘吐くな」とか「そんなわけ無いだろ」とか、相手はそういう他人の嗜好を否定するようなことを言い返せない。道徳的にね。もしかしたら無敵の文言かもしれないな、これ。
「納得したよ。悪かったな、問い詰めるような真似をして」
「別に。変に誤魔化そうとしたあたしも悪いし」
ふう。大きな戦いを終えたようで、あたしは内心で溜息を吐いた。大切な何かを失ったような気がするけど、とりあえず大惨事にならなくて一安心だ。そんな解放感を嬉々として享受しながら歩いていると、今度は開放感を抱いた。
「広い空間に出たな。おや、ここでお祈り——いや、彼の表現を借りよう——呪いの儀式をやっているのだな」
思考に集中しすぎて気付かなかったけど、例の不気味な声はもう目の前から聞こえる。薄暗い中、十人くらいの人が、大きめの平たい石を重ねただけの祭壇らしきものに向かって祈っている。声は、その人らが発しているものだ。祭壇の上が仄かな明かりで僅かに見える。血と思しい真赤な液体と、正体が全く分からない黒い液体で濡れている。とりわけ黒い方は気持ち悪く、なんというか、腐った脂を煮詰めたかのような感じだ。
「十六夜、ここって……」
「ああ。我々が探し求めた場所……悪魔崇拝の拠点だろう」
話していると、儀式の声がぴたりと止んだ。洞窟内がし~んとする。それはそれで怖い。いや違う、不気味だ。怖くないから。全っ然、一切、全く、微塵も怖いとか思ってないから。気がつくと、儀式をしていた約十人の視線が全てあたしらに向けられていた。良く言えば注目の的。悪く言えば儀式を妨害した邪魔者として睨まれている。
「はは。元気よく挨拶……とはいかないようだな」
悪魔崇拝者たちは立ち上がり、農具を手に持って威嚇してきている。二人に対して十人がだ。十六夜が鯉口を切る。
「やるしかないってわけね」
あたしも懐に隠していた短刀に手を――
「待て小町。君は下がっていろ」
「そんなこと言っても、いくらなんだってあんた一人で全員は」
「はは。君も桜華も、私を見縊り過ぎだ。素人の村人ごとき、何人かかってこようと造作もない。それに、君に何かあれば……はは、私は桜華に斬られてしまうからな!」
それだけ言い残した十六夜は敵の方に走り込み、農具を振り上げる魔女の群れに囲まれた——。
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