【二】桜の少女は菓子屋にて

◇◇桜華◇◇


 からんからん。

 玄関の開扉に合わせて、小さな鐘が音を鳴らす。


「いらっしゃ~い」


 今しがた菓子屋に入店したお客さんへ、私はそう声をかけた。笠を被った二人組の殿方で、足が棒になったの何だのと話している。たぶん、旅の御一行かな。

 

 悪夢の日から、すでに二年が経過している。逃げるように神社を飛び出した私と小町は、高祠之国こしのくにの南西に向かった。偶然森の中で発見した廃屋を新居として、今はそこで二人暮らしをしている。


「お嬢ちゃん、これくださいな」

「はいはい」


 お嬢ちゃんだって。

 十七はまあ……お嬢ちゃんか。


 殿方が勘定場に置いたのは、五本入りの餡団子、一箱だった。二人で五本だから、お互い食い意地を張って、熾烈な取り合い合戦が始まることだろう。少なくとも、私と小町ならそうなる。

 

 森の中に住処を見つけたといっても、お金がなきゃやっていけない。八岐神社の時はお父さんが何かしらの仕事をやっていて、なんとかなっていた。今は、私がこうしてお菓子屋のお手伝いをしている。昼前から夕方まで拘束されるのは結構しんどいけど、そうしなきゃご飯が食べられないから、しょうがないよね。


「ありがとうございました~」


 からんからん。


 お客さんを見送ると、店の中は静かになった。今、売り場には私しかいない。やっと一息つける。


 この二年は、生活を安定させるのに必死だった。最初のころは、かなりひもじい思いをしたよ。けど、最近になって余裕が出始めていた。お洒落のために安いかんざしを買おうと思うくらいには、ね。


「うわ。餡団子、今ので最後だったんだ」


 こうなったら、裏の台所に行って確認しないといけない。まだ作るのか、はたまた今日はもう「品切れ」とするのか。たまに、品切れの札が出てるのに「無いの?」と不機嫌そうに言ってくる人がいる。孤児みなしごの私でさえ、品切れっていう言葉は理解できるのに、変なの。


「餡団子の追加あります?」

「ああ、桜華ちゃん。今日はもう、品切れにしちゃってくれるかい?」


 返事をくれたのは、店主の奥方。失礼な表現をするなら、白髪混じりのおばちゃんだね。彼女は毎日、台所でせっせとお菓子を作っている。店主夫婦が昔、近所の子にお菓子を配っていたのがこの店の始まりらしい。今ではなかなか繁盛していて、日毎に、それなりに良い報酬おこづかいがもらえる。私は毎日それを握りしめて、食べ物を買って小町の待つ廃屋に帰る。これが、御定まりの流れである。


「はあい」


 売り場に戻り、餡団子の棚に本日品切れの札を出した。神様お願いです。文字の読めない大人が来店しませんように。そこへ、とある少女が現れた。十四歳の女の子である。


「桜華ちゃん、戻ったよ。交代しよ」


 私と同じくお菓子屋の手伝いをしている、先輩の京都みやこだ。彼女は今まで休憩に入っていた。今度は私が休む番だ。


「うん。餡団子は品切れみたいだから、それだけよろしくね」

「御意!」


 溌剌はつらつと返事をする京都に手を振りながら、私は裏方の休憩処に入った。って言っても、ただ四畳間に小さな囲炉裏があるだけなんだけどね。


「はあ、なんか疲れたな」


 姉さんかぶりを解いて畳に仰向けになり、右腕を額に乗せた。ただし、目を瞑ってしまわないように努める。下手をすると、このまま翌日までお休み~なんて事になりかねないからだ。天井の木目を見ていると、あの日の事が鮮鮮あざあざしく思い返される。この二年、一瞬だって忘れたことはない。生活が難儀で燻っていたけど、もうそろそろ本格的に犯人捜しを始めようかと、昨晩、小町と話をしていた。憎しみという感情は長続きしない。そんな話を聞いた事があったが、私の中の真っ黒は、未だに滾っている。


 やっと、私たちの復讐譚が始まるんだ。

 だけど、懸念がふたつあった。


「殺し、か……」


 ひとつは、矛盾。私が憎悪を抱いているのは、家族が死んだこと自体に対してではない。何者かが家族をに対して、である。殺しという行為に対して怒っているのだ。じゃあ、私たちがやろうとしている事は何だろう。考えるまでもなく、仇討ちだ。仇討ちとは、に他ならない。


 え? 

 それじゃあ犯人の行いと一緒だって?

 そうだよ。

 だからこそ、私は混乱しているの。


 家族を殺したという行為を憎んでいるのに、私もまた殺しをしようとしている。そんな矛盾を孕んでいるのだ。


「そもそも、私にできるのかな……」


 もうひとつは、躊躇ちゅうちょ。人殺しは獰悪な行為。邪悪、極悪、非道、絶対悪。それは、いくら孤児でも分かっている。分かっているから、躊躇ためらう。殺してやりたいほど憎いのと、実際に殺しという行為に手を初めるのとでは、また別の話な気がする。憎しみの対象と相見あいまみえた時、私は本当に敵をたおせるだろうか。憎悪は、どこまで仕事してくれるんだろう。それが全然分からなくて、僅かに躊躇う気持ちがあった。


「もう、仕事に戻ろうかな」


 考えるのが怖くなって、やおら上体を起こす。売り場に出て体を動かしていた方が、計算できないほど楽だと思った。

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