08 ひまわり姫はラフな格好でもよく似合う

 陽葵からの提案に陰キャらしく狼狽えた悠利だが、その後も気持ちの整理がつけられないまま時間だけが過ぎていき、気づけば週末を迎えていた。


 当日の午後。最寄り駅に一足早く到着すると、事前のやり取りで指定された柱の下で陽葵の到着を待つことに。

 だが、その面持ちは見るからに緊張していた。


「外で会うのって、あの時以来なんだよな……」


 日常的に遊んでいるせいで感覚が麻痺してしまっている気がするが、今まで一度も外で待ち合わせて遊んだことはない。

 出会った当初こそファミレスで語り合ったが、あれは偶然が重なった結果そうなったに過ぎず、示し合わせて会った訳ではない。それ以後はボイチャを通して活動するのがベースとなっていたし、学校でも赤のクラスメートとして素っ気ない付き合いを意識していたので、外出は今日が初めての試みということになる。

 

 外で遊ぶことに抵抗があった訳ではない。

 正体がバレたくないという陽葵の諸事情を考慮していたのも確かにあるのだが、引き籠り生活が板についているせいで外での遊び方がわからない、という単純な理由が大半を占めていた。


 自分でも情けない理由だと自覚しているが、実際それに魅力を感じなかったのだから仕方がない。

 放課後に街に繰り出すクラスメートらを遠巻きに眺めていても、羨ましいという感情は沸いてこない。わざわざ外に出て遊んで何が楽しいのか。それよりも部屋に籠ってゲームでもした方がマシだと思っていた。


 まあそのせいで今日の立ち回り方がわからず困っているのだが、と息を漏らしつつ視線を彷徨わせれば、隣接する店のショーケースに反射して映る自身の服装が目に入る。


 コーディネートに関しては問題ないと思う。

 長袖シャツとパンツを軸にしつつ、季節に合わせてコーチジャケットを羽織った無難なスタイル。その隙間から覗かせるようにしてボディバッグを前掛ければ、身だしなみとしては及第点だろう。

 

 以前までは服に無頓着だったのだが、外出する際に着ていた組み合わせを未依にバカにされて以来、コーディネートには細心の注意を払うようにしている。 

 衣料品店に飾られてるマネキンの服装を参考にすることで、ファッションセンスの至らなさはいくらか誤魔化せる。とはいえ、それでも不安は付きまとうが。


 反射する姿を見て身だしなみを念入りに確認していると、ふと見上げた先でニヤニヤと笑う陽葵が映り込んでいるのに気づいてギョッとする。

 慌てて背後に振り向けば、陽葵は変わらず愉快そうにして立っていた。


「……来てたなら早く声かけてくれよ」

「ごめんごめん。一人で楽しんでるみたいだったから邪魔したくなくて。まあ、私なりの優しさってやつだよ」

「嘘つけ。おもいっきり笑ってたろ」

「さて、なんのことやら~」

 

 羞恥に下唇を噛みつつ鋭い目で訴えかける悠利だったが、陽葵はわかりやすくとぼけてみせる。

 

 確かに油断していた自分にも非はあるのだが、相手が気づくまで声もかけず背後で立ってニヤニヤしているのは優しさとは言わない。

 本当に他人を揶揄うのが好きだなと半ば呆れつつ、「ったく」と溢した悠利はその視線を下へと移す。


 夏休み同様、一回り大きいサイズの白パーカーを着つつ、キャップ帽にリュックサックを合わせたラフな変装スタイル。

 前回と違うのは、季節に合わせてロングスカート調のズボンを穿いている点と……被っていたはずのフードを後方に垂らしている点か。


「フード被らなくていいのか? あんなにバレたくないって言ってたのに」

「うーん、まあ大丈夫だと思うよ。フード自体は元々保険みたいなものだったし、過剰に変装してもかえって目立つってことに気づいたから……誰かさんのせいでね」

「……こっち見るなよ」


 怨念の籠った目で圧を掛けられたので悠利は気まずさから視線を逸らすが、あれはどちらかと言えば陽葵の方が悪いと思っている。

 店内の一角で一人フードを被ったまま、それも不気味に笑っていれば悪目立ちするに決まっているだろうに。案外根に持つタイプなんだなと思った。


「……それに、変な恰好ってバカにされたから」

「ん? 何か言ったか?」

「別に? なーんも言ってませんよ」


 ボソッと何か言われた気がして尋ねてみたものの、陽葵はそっぽを向いたまま口を尖らせた。


 どうせ悪口でも言っていたのだろうと容易に想像ができるが、それにしては耳が普段よりも若干赤みを帯びている気がする。それほどまでに恨みがあるのか、あるいは他に理由があるのか。

 とはいえ、問い返したところで不機嫌にさせるだけだろう。これ以上の詮索は止め、悠利は何となく陽葵の服装に再び意識を向ける。


 以前は色々あったせいで見る余裕がなかったが、改めて見ると、全体的にゆるくふわっとしたシルエットに仕上がっている。


 やはり肌触りの良さそうな質感のトップスを着ているのが大きいのだろうか。

 元々のスタイルの良さといい時折見せる幼気な仕草といい、理性が働いていなければ抱きしめたいという衝動に駆られてしまうかもしれない。まるでぬいぐるみのようだ。

 

「……なーんか不埒な視線を感じる」

「そ、そういう目で見てたんじゃねえよ。ほら、時間も惜しいしそろそろ移動しようぜ」


 決して不純な動機で見ていた訳ではなかったのだが、冷ややかな視線を突き刺してくる陽葵につい尻込みしてしまう。

 慌てて訂正を入れると、逃げるように悠利はスマホで時間を確認しつつ目的地までの道を歩き始めることに。


「露骨な話題逸らし……」


 やはり陽葵ははぐらかしと受け取ったようで、ジト目で見送られるが、悠利としては口を噤むしかない。


 感想を素直に白状すれば不当に下がった評価を元の位置に戻せるだろうが、そうすれば今度は別の問題が生まれてしまう。

 どうせ陽葵のことなので、ぬいぐるみみたいだと指摘してしまえば「へえ、つまり私が太ってるって言いたいのかな? かな?」と否定的に受け取る可能性が高い。まあ、鉈で切り刻まれたくはないので、ここは甘んじて誤解を受け入れることにする。


「ま、別にいいんだけどね」


 と思いきや、陽葵は声を弾ませながら小走りで追いついて来る。てっきり機嫌を損ねてしまったと思っていたが、案外気にしていないらしい。


 そのことに小さく安堵すると、悠利は歩幅を狭めながら口を開く。


「そういえば、白石って何を注文するか決めたか?」

「もちろん。私の最推しと言ったらやっぱりヒロインキャラのミナミだからね……ミナミをイメージしたイチゴのショートケーキを食べるつもり」

「ああ、スポンジの間にストロベリーソースが入ってるあれか。ホームページで見たけど確かに美味そうだったな」

「でしょ~。それで、水瀬は何にするの?」

「俺はクリームソーダのやつ。魔物の体液ってコンセプトの時点で既に面白いし」

「あ、それ私も気になってたんだよね。……あれ? でも甘いもの苦手なんじゃ」

「余程じゃなければ平気。ま、多少は我慢するよ」

 

 コラボカフェということで、メニューは各キャラクターの特徴を盛り込んだデザインで統一されている。

 二人が選んだもの以外にも、パフェやあんみつ、ラテなど種類豊富なメニューが存在する。


 確かに甘いものは苦手なのだが、それを理由に注文を避けるのは作品及びイメージされたキャラに対する冒涜と言える。

 例え、それが作中において強キャラっぽく登場したくせに勇者の一振りで呆気なく討たれた魔王軍幹部のゴブリン部隊隊長の体液であっても、我慢しなくていい理由にはならないのだ。


「まあ安心しなって。飲み切れなかった時は私が代わりに飲んであげるから」

「作品への敬意に反する以上残す訳ないだろ。てかさり気なく何言ってんだお前……」


 陽葵は陽キャだから間接キスが気にならないのだろうが、慣れていない陰キャにとってはその言葉を連想させられるだけで動揺してしまう。


「あ、もしかして照れてる? おいおい、間接キスくらいで顔真っ赤にしてたらダメだぞオタクくん~」

「うるせえ。というかお前だってオタクだろ」

「私はいーの、オタクはオタクでも陽キャのオタクだから。陰キャオタクの水瀬とは一味違うのだよ~」


 ぐぬぅ、と辱められた悔しさを押し殺しつつ悠利は鋭い視線を向けるが、得意げな顔の陽葵は茶化すように笑った。

 ちゃんとした説明になってないのだが……まあ、抗議するだけ無駄だろうから気にしないことにする。


 いちいち絡んできて面倒な奴だなと溜息をつくが、それにしても今日の陽葵はテンションが高いように見える。

 普段遊んでいる時も遠慮ない物言いや振る舞いをしてくるものの、特にそれが目立つのは気のせいではないだろう。


「なんか……いつもより楽しそうだな」

「え、そうかな?」


 気になって指摘してみれば、不意を突かれたらしく陽葵はキョトンとしている。

 傍から見れば明らかにウキウキなのだが、本人が無自覚なのは少し意外だった。


「自覚なかったのか。見てて結構わかりやすかったけど」

「うーん、自分だとよくわからないや。でもそうだな……カフェが楽しみってのもあると思うけど……」


 下顎に手を当てて考える素振りを見せる陽葵。そのまましばらく唸っていたが、得心したのか一人頷くと、悠利の顔を見上げて言う。


「あとはやっぱり、水瀬が一緒だからじゃないかな」

「俺が?」


 思ってもみなかった理由に目をぱちくりさせる悠利に、陽葵は笑みを浮かべたまま続ける。


「今日水瀬を誘ったのはね、水瀬となら絶対楽しめると思ったからなんだ。もちろん一人で行っても楽しめるとは思うけど、やっぱり心細いし、それに……今は同じ価値観を持った仲間がいるから。楽しいを共有できる友達と一緒に行った方がもっと楽しめると思わない?」

「……まあ、そうかもな」

「でしょ? だから、こうしてカフェのことを考えながら歩いてるだけでも楽しいんだと思う」


 陽葵のその何気ない言葉は、引き籠り人間の悠利の胸の中にもすうっと溶け込んできた。

 

 陽葵と出会う以前の自分であれば、一人でも楽しいと思っていただろう。実際楽しんでいたし、一人でいることに違和感や疑問を抱くこともなかった。

 でも、陽葵と出会い、陽葵との特別な時間を過ごすようになった今となっては、見て感じたことを分かち合える相手がいる方が遥かに楽しいと知っている。それに気づけたのは、間違いなく陽葵のおかげだ。

 

(ごちゃごちゃ考え過ぎてたけど……そっか、いつも通りで良いんだ)


 いきなり誘われたせいで色々と頭を悩ませてしまったが、結局、内でも外でも立ち回り方は変わらないということだろう。

 変に気負わずいつも通り楽しめば良いだけの話で、陽葵もそれを望んでいる。普段やっていることの延長だと思えば、だいぶ気が楽になった。


「ていうか水瀬さ……さっきから私のこと見過ぎじゃない? 特にさっきなんて変な視線感じたし」

「へ?」


 気を緩ませたのもつかの間、陽葵が浮かべていた笑みがすうっと引っ込んでいき、再び冷ややかな視線を刺してきた。


「いや、だからそういう目で見てないって言ってるだろ……」

「へえ、じゃあどんな目で見てた訳? ……はっ! まさか、魔物に捕まって四肢を縛られた女騎士を見るような如何わしい目で私を見てたんじゃ……」

「やけに具体的だな!? いやそうじゃなくて! 単にぬいぐるみみたいだと思っただけで―――あ」


 つい滑らせた口を慌てて押さえる悠利だったが時すでに遅く、やはり陽葵は耳を真っ赤に沸騰させた。


「ぬいぐるみみたい!? つまり私が太ってるって言いたいの!?」

「ちがっ! 今のはただ似合ってるという意味で言ったまでで……」

「太ってる私にはラインの目立たないパーカーがお似合いってこと!? あーもう怒った! 絶対許さないから!」

「いやだからそうでもなくて! あーもう、少しは俺の言い分も聞いてくれよ白石……」


 腕を組んで頬を膨らませる陽葵をどうにかして宥めつつ、誤解を解こうと模索する悠利。

 結局、このやり取りは、カフェに到着してもしばらく続いたのであった。

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