10 帰路に就いて

 クラスの陽キャに弄られるという歯痒いイベントがあったものの、これ以上食べ頃を逃すのは勿体ないということで、その後は予定通りスイーツを楽しむ流れになった。


 見た目に引かれて注文したソーダフロートだったが、意外にも味の方はまともで、シロップの舌に纏わりつく甘ったるさが残るものの昔ながらの素朴な味わいは素直に美味しかった。

 目の前の陽葵もまた幸せを噛みしめるようにフォークごとケーキを口に含んでおり、舌触りの滑らかそうなクリームと酸味豊かな果実との口溶けを堪能しているようであった。


 美味しそうに食べる陽葵はとても絵になる。


 見ているこちらまで美味しそうだと思わされてしまうのだから、陽葵は食レポの類いが向いている気がする。「んま~」と語彙力皆無な感想しか出てこないのは欠点だが、そのとろけるような表情を見ているだけでも、味の魅力を伝えるには十分な宣伝に思えた。


 そんな様子を眺めて苦笑しつつ、店内の内装や至る所に飾られてあるグッズを交えてオタトークをしていれば、瞬く間にテーブルの制限時間を迎えた。


「わ、もう夕方だ」


 会計を終えてカフェを出ると、来る時は青く澄み渡っていた街並みは夕焼けに染められた景色へと様変わりしていた。

 ビル群の隙間から差し込む夕日を見上げながら、陽葵は眩しそうに目を細めて呟いていた。


「なんか、随分と話し込んでたみたいだな」

「室内にいると時間の感覚がズレるよね。まあ、それを差し引いてもあっという間だった気はするけど」

 

 同じく悠利も長く滞在していた覚えはなかったのだが、言い換えればそれだけ会話に夢中になっていたということだろう。

 楽しい時間は溶けるように過ぎていくとはよく言うが、まさかカフェで、しかもクラスの女子とそのような時間を過ごすことになるとは思いもしなかった。

 

 どことなく感慨深い気分になるが顔には出さず、カフェの余韻も程々に二人は駅までの道を歩き始める。


「それにしても、よく一発でミナミを引き当てたよな。特典ってランダム配布なのに」

「私もビックリした。普段ガチャ運めっちゃ悪いし、絶対無理って思ってたもん。まさか本当に手に入れられるとは……」

「あの時の白石の喜びようとか、見ててちょっとキモかったからなあ」

「し、仕方ないじゃん。感極まるとつい変な笑い声が出ちゃうんだから」

「なんだ、自覚あったのか」


 てっきり無意識に漏れ出ていると思っていた。

 アニメショップでの一件といい、人目を憚らず奇行を繰り返す変人だと認識していたので、ちょっと意外だ。


「いつもは出さないように気をつけるんだよ? でも好きなものを前にするとどうしても内側から湧き上がってきちゃうというか、抑えられなくなってつい……」

「まあ、無理して抑えなくてもいいんじゃね? 変な笑い方されても、俺は今更気にならないし」

「……なんか慰められてる気がしないんだけど」


 悠利としては何気なく言ったつもりだったが、陽葵は別の意味で受け取ったらしい。不貞腐れたように眉をひそめ、ムッとした表情を作った。


「確かに変人かもって自覚はあるから弁解できないけど、そういう女って水瀬に思われるのはなんか嫌」

「いやまあ、俺の言い方も悪かったけどさ。……なんと言うか、よく今までそのキャラを隠し通せたなって感心するよ」

「別に大したことじゃ……オタク関連の情報を遮断しておけば教室で昂らなくて済むし」

「自制してるのかよ。徹底してるなあ」

「教室の隅でいつもスマホと睨めっこしてる水瀬くんとは違ってね」

「一言余計だよ」

 

 悠利が釘を刺せば、陽葵は鼻を鳴らしてここぞとばかりに下顎を上げる。

 悠利にしてやられた分の意趣返しなのだろうが、やり方が陰湿というか、表面上は清楚でも性根は中々に真っ黒な奴だとつくづく思い知らされる。


(全く、このお姫様は……)


 揶揄い好きな彼女に溜息をつくが、それでも教室ではひまわり姫としてみんなの理想の姿を演じ続けているのだから陽葵はすごいと思う。


 素顔を隠し通すのはそう簡単なことではないし、時間が経ち油断が生まれれば僅かな綻びはどうしても出てしまうものだ。

 にもかかわらず偽りの仮面を付け続けていられるのは、それだけ陽葵の意思が硬いからに他ならない。些細な隙も見せず、愛想の良い振舞いを続けているからこそ、今まで正体がバレずにいられたのだろう。


 数か月前の自分であれば、ひまわり姫とオタ友になったと言われてもおそらく信じなかったと思う。それほどまでに遠い存在に思っていたし、知らないままであったなら以後もそういう人間だと認識していたはずだ。

 

 いつでも明るく誰にでも優しい、隔てなく愛想を振りまく人気者。決して裏表なんてなく、向日葵のような笑顔で教室の雰囲気を明るくさせてくれる特別な人間だと、そう思っていただろう。

 

「ねえ、水瀬」


 不意に声を掛けられて振り向けば、当然そこには陽葵がいる。

 ただ、先程までとは打って変わり、その表情はどこか浮かない。悠利が違和感を覚えていると、陽葵はどこか迷ったようにして口を開く。


「今日、さ、迷惑じゃなかったかな? その、一方的に連れ回しちゃったりして」

「……なんだよ急に?」

「や、だって、今日行きたいって言い出したのは私だから。私は楽しかったけど水瀬が楽しかったかどうかなんて分からないし、もしかしたら本当は無理して付き合わせちゃったのかなって」

「……」


 思わず押し黙ってしまったのは、陽葵がいつになく弱気なことを言ちてきたからだ。

 普段ならこちらのことなんてお構いなしに振り回してくるのに、目の前の彼女は臆病というか、どこか顔色を窺うように悠利の顔を見上げている。こんな彼女を見るのは初めてだった。


 しかし、困惑している様子の悠利を見てハッとしたらしく、陽葵は慌てて表情を取り繕う。


「な、なーんてね! ただの冗談だってば! 水瀬をおちょくってあげるつもりだったんだけど、私の演技が迫真過ぎちゃったかな?」

「え? いやでも……」

「ごめんね、せっかくの雰囲気に水を差すようなことしちゃって。ほら、今のは忘れて、さっさと帰ろ?」


 わざとらしく明るい声でそう言うと、陽葵は何でもないように正面を向き直して悠利の前を歩き出した。

 

 その背中を戸惑い気味に後追いながら、悠利は陽葵の言葉の真意について思案する。


 陽葵の言う通り本当に演技なのかもしれないが、それを演技だと認めるにはどうしても違和感を拭えない。陽葵の素顔を知るまでは教室での姿に騙されてきた訳だし、確信がある訳でもないが、今のは思わず出てしまった彼女の本心なのではないか。


(もしかして、本当は今日ずっと不安だったんだろうか)


 そう考えるのは少々生意気かもしれないし、それに、会話を切り上げた陽葵の気持ちを汲んでこのまま話題を変えてやった方が実際は良い気がする。


 ただ、それでも自分の気持ちを伝えるべきだと思ったから、悠利は一歩先を行く彼女に優しく声を掛ける。


「迷惑だなんて思ってない」

「え?」

 

 会話を続けられるとは思ってもみなかったのだろう、振り返った陽葵は目を丸くしていた。


「てか、そもそも迷惑なら最初から誘いに乗ってない。確かに俺って陰キャだし、近くのコンビニに行くのでさえ億劫に感じるような引き籠り人間だけど、こうして外で遊んでみて別に嫌じゃなかったというか。多分、白石に誘われでもしなきゃ、今日みたいな経験は俺一人じゃできなかったと思う」

「水瀬……」

「まあ、その、今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」

「……そっか。なら良かった」


 照れ隠すように視線を逸らしつつ感謝の言葉を贈れば、えへへと嬉しそうに陽葵は笑った。

 

 その笑顔は心の底から安堵しているようにも映って……もしかしたら陽葵は、案外勇気を出して悠利を外に誘ってくれたのかもしれないと思った。

 もちろん悠利の勝手な憶測だが、今の姿を見ればあながち間違ってはいない気がする。そう思うと、なんだか妙に可愛らしく見えた。


「じゃあ、さっそく明日も連れ回しちゃおっかな~なんて」

「いや、流石に明日もってのは……引き籠りをもう少し労わってくれ」


 すっかり上機嫌になった陽葵に無謀な提案をしてくるが、滅多に外に出ない人間に二日連続の外出は過酷過ぎる。下手すれば明日は筋肉痛に襲われる可能性だってあるのだ。


 感謝はしているが多少なり加減はしてほしい。勘弁してくれとばかりに白旗を掲げながら、駅までの道順を彼女と並んで歩き続けた。

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クラス一の陽キャ美少女が実はオタクだと知ってしまった俺、誰にも正体をバラさないと約束したらいつの間にかめちゃくちゃ懐かれてしまいました。 そらどり @soradori

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