09 ひまわり姫は可愛いものに目がない
目的地に到着して数分ほど列に並んでいたが、ピークの時間を過ぎていたのが幸いして、想定より早く店内に入ることができた。
案内された席で注文を済ませ、雑談をしながら待つ二人。しばらくして、店員が注文したものを届けにやって来れば、テーブルには待望の品がそれぞれ並んだ。
一礼して去って行く店員の背中を見送った悠利は、その視線を前方に戻す。
すると正面には、スイーツを前にして目をキラキラさせている陽葵の姿があった。
「か、可愛いぃ……!」
華やかな見栄えに思わず感嘆の声を漏らす陽葵。
室内ということでキャップ帽を外しているのだが、生き生きとした表情を無防備に晒しているその姿は、先程までご立腹だったとは思えないほど上機嫌に見える。
知るや知らずや頬をだらしなく緩ませながらそれを眺めており、年不相応に浮かれている様子はまるで小動物のよう。耳をピョコピョコさせたウサギが連想されるような可愛らしい仕草だった。
見るからに嬉しそうだなと思ったものの、子供心をくすぐられているのは悠利も同じだったので茶々を入れる気は全くない。
それに、せっかく機嫌を直してくれたのだから、先程のような過ちを繰り返したくなかった。小さく苦笑しつつも、悠利はその視線をショートケーキへと移す。
コラボカフェということで各キャラクターをモチーフとしたメニューが展開されており、陽葵が注文したそれもまた、作中ヒロインの特徴を盛り込んだデザインがなされている。
ストロベリーソースを挟んだスポンジ生地をホイップで包み、その上にはブルーベリーとラズベリーが彩られたショートケーキ。
メニュー表での説明文によれば、ブルーベリーはヒロインの冷たく素っ気ない表面、ラズベリーは実は甘えたいという内情をそれぞれ示しているとのことで、作中におけるツンデレな性格を視覚的に表現しているらしい。
「さっきメニュー表読んで知ったけど、ミナミのツンデレを意識したデザインなんだってな」
「この見栄えの良さだけで運営側の原作理解度の高さが窺えるよね。でもそれだけじゃなくて……ほら! 見てよこの刺さってるピックのイラスト! めっちゃ可愛くない!?」
「どれ……あ、ほんとだ。デフォルメになってるんだ」
「腕組みながらチラっと見てくる感じがミナミらしくて良いよね~」
陽葵の言う通り、ケーキピックにはデフォルメ化したチビキャラがプリントされており、腕組みしたヒロインが照れつつもこちらを窺うような構図で描かれている。
確かに可愛いイラストだと悠利も同じ感想を抱いたのだが、それでも陽葵の反応は少々大袈裟に思えた。
「……前から薄々感じてたけど、白石って可愛い系のキャラに目がないよな」
以前から気になっていたことだが、事ある毎に陽葵が興味を惹かれる二次元キャラクターは女の子、特に可愛い系というジャンルに分類される子ばかりだった。
「そりゃそうだよ。可愛い子って何しても可愛いし。なんかこう、見ててキュンっとするんだよね」
「キュン……まあ、癒されるみたいなもんか」
「特にミナミなんて、ヒロトの前では素っ気ない態度ばかり取っちゃうくせに内心デレデレなんだよ? その時点で十分可愛いのに、気持ちを伝えたくて不器用ながら頑張る真面目ちゃんタイプとか、もうさ……属性詰め込みすぎ! そんなの好きになるに決まってるじゃんっ!」
「切実過ぎる……」
込み上がる情緒を抑えきれず、とうとう推しへの愛を爆発させる陽葵。
突然スイッチが入ってしまうのはまだ良しとして、急に白熱したトークを繰り広げられると「なんだコイツ?」と冷めたリアクションしかできない。感情移入モンスターだなと安直ながらに思った。
「逆に水瀬のは実物だとまたすごい見た目だよね。すごく挑戦的と言うか……」
一人勝手に盛り上がっていた陽葵は次第に落ち着きを取り戻すと、その正面に置かれているソーダフロートを見て表情を強張らせる。
悠利が頼んだドリンクも同じく、作中でのゴブリンをモチーフにしている。
ただ、魔物の体液というコンセプトを最大限に活かした盛り付けがなされているため、食欲を全く唆らないという意味では確かに挑戦的だと言える。
「食べ物って概念を真っ向から否定してる感じがな。まあ、そこがまた味があって良いんだけど」
「……なんか水瀬って嗜好が変わってるよね」
「お前にだけは言われたくないわ」
むしろどうして自分はまともだと思っているのか。つい先程の言動を顧みてもらえれば、しっかり同じ穴の狢だろうに。
そもそも、ソーダフロートを選んだのは怖いもの見たさが理由であって、普段からゲテモノばかり食べている偏食家ではない。
というよりさっき陽葵も気になってるとか言ってたのに……なんだか裏切られた気分だった。
「ま、水瀬が体液フェチなのは置いといて」
「置いとかないで。俺の尊厳に関わる問題だから」
しかし悠利の訴えは空しくも届かず、陽葵はショートケーキの横に添えてある特典に興味を移す。
デザートを注文した際に付いてきたポストカード。それを手に取ると、陽葵は得意げな笑みとともにひけらかしてきた。
「じゃーん! カフェ限定オリジナルポストカード! しかもミナミの豪華書き下ろし仕様だよ!」
そう、今回の目的はただ食べに来ただけではない。
コラボメニューとは別、今回のコラボを記念して特別に書き下ろされた限定イラストが特典に含まれているということで、SNSではファンが大いに盛り上がりを見せていた。
ファンとしては是非とも回収しておきたい激レアもの。当然、二人も回収目的込みで来店しており、デザートを注文した陽葵は限定イラスト入りポストカード、ドリンクを注文した悠利は限定イラスト入りコースターをそれぞれ受け取っていた。
一応、特典はランダムで配布されるのだが、普段の運のなさが功を奏してか、陽葵は推しキャラのイラストがプリントされたポストカードを手に入れていた。
因みに、悠利は主人公のイラスト入りコースターだった。
「あーもう無理ぃ。ミナミの性格なら露出度の高いウェイトレス姿なんて絶対着ないのに、しかも普段は恥ずかしくて隠してる生足を惜しみなく晒しながら接客してるとか可愛い過ぎるよ……わ、私もミナミに接客されてみたいなあ、なんて……えへっ、えへへへ」
「出てる出てる。限界オタク出ちゃってるから」
限界突破するあまり不気味な笑みが漏れ出てしまっている陽葵。
なんとも見覚えのある光景だったが、以前と違って引かずにいられるのは、それだけ耐性が付いてきたということなのだろうか。全然嬉しくないけど。
いつもスマホ越しでやり取りしているので面と向かって見ることはできないが、こんな感じで接してくれているのかと思うと、どことなく感慨深さのようなものを感じる。
決して「改めてヤベーなコイツ」とか思っている訳ではない。既にそういう奴だと認識しているので今更だ。
「ほら、バカやってないでそろそろ食べようぜ。常温になったらせっかくのケーキが台無しだぞ」
「っと、そうだった」
特典も大事だが、まず優先すべきは目の前にあるデザートやドリンクだ。時間が経てば美味しさが右肩下がりとなってしまうため、早めにいただかなければ勿体ない。
僅かにクリームが崩れかかったケーキを見て悠利が呆れながらに指摘すれば、ハッと我に返った陽葵は慌てて表情を取り繕う。
正直もう遅かったが、いつまでも不審者ムーブしているよりかはマシなので気にしないことにする。悠利のソーダフロートも上に乗ったアイスクリームが溶け出しているので、こっちの方が大事だろう。
「あ、ちょっと待って。その前に写真撮らないと」
気を取り直して悠利がスプーンを持ち上げたところ、陽葵は思い出したようにそう言って、懐からスマホを取り出した。
デザートを単体で何枚か撮影すると、今度は画面に収まるよう顔を寄せて自撮りを始める陽葵。
いかにも陽キャらしい行動だが……もしかして撮った写真をSNSに投稿するつもりなのだろうか。
「それ、SNSに載せて平気なのか? バレると思うけど……」
「え? ああ、流石にこの写真は載せないよ。その辺の線引きはしっかりしてるから安心して。これは、ただの記念撮影だから」
「記念撮影?」
「ここでしか拝めないケーキなんだから撮らなきゃ損でしょ? コラボカフェがまた開催される保証なんてないんだし、後で見返せるよう記念に残しておかないと」
「ああ、そういう……」
ネットリテラシーの高さに安堵する悠利だったが、「それならわざわざ自撮りする必要はないのでは?」と新たに疑問を抱く。
まあ、恐らく普段のノリがそのまま出てしまったのだろう。陽葵は陽キャだからSNSの扱いに長けているのは容易に想像できるし、それならこなれた様子で写真撮影に勤しんでいるのも納得できた。
とはいえ、こうも陽キャらしい振舞いを見せつけられると、どうも落ち着かなくなる。
先程までは会話に集中していたので気にならなかったが、改めてカフェという空間が自分に相応しくない場所だと認識させられるというか、お洒落な空間に対して免疫がないのだと思い知らされる。
おんぶに抱っこで来てみたものの、陰キャの中でも特に陰キャな悠利には少々眩かった。
「水瀬は撮らなくていいの?」
「いや、俺は遠慮しておく。スイーツを撮るのは陽キャにのみ許された特権というか……俺にはちょっとおこがましい気がして」
「うわあ……発想が陰キャ」
「し、仕方ないだろ? こういうの慣れてないんだから」
陽葵に呆れられてしまうが、引き籠ってばかりの陰キャにスイーツの撮影はハードルが高過ぎるのだ。
そもそも悠利は、公式垢や他人の呟きを眺める程度でしかSNSを使わず、陽キャらしくSNS映えを狙ったり撮った写真を友達と共有してキャッキャしたりした経験はない。陰キャが嬉々としてスイーツを撮っても気持ち悪いだけだろう。
「ほんと考え方からして卑屈というか……改めて水瀬が陰キャだってことを実感するよ」
「いいだろ別に。誰かに迷惑をかけてるわけじゃないんだから」
「それはそうだけどさ……でも、なんかつれないなー」
そうしてしばらく頬を膨らませる陽葵だったが、ふと閃いたように「あ」と目を見開かせる。
どうしたのだろうかと疑問符を浮かべる悠利をよそに、陽葵は明後日の方角を指差しながら口を開く。
「ねえ、あそこ、あの壁に飾ってある色紙って
「え、おまラブ原作者の? どこ?」
「ほらあれ。あ、そっちじゃなくて。もうちょいこっち……」
陽葵の指示に従い顔を寄せる悠利。なんというか別の思惑を感じさせる誘導に思えなくもなかったが、その違和感の正体はすぐにわかった。
「よし、今!」
「え?」
軽快な掛け声と同時、目の前にすかさず何かが差し込まれ、それが横向きのスマホだと気づいたときには既にシャッター音を鳴らされていた。
陽キャ女子がやるような自撮りツーショット撮影。眉間に皺を寄せる悠利の視線の先では、にへらと笑う陽葵の姿があった。
「白石、お前……」
「にひひ、隙を見せる方が悪いのだよ~」
悪びれるどころか小馬鹿にしたような口振りで揶揄うと、陽葵は画面に視線を移して何やら操作を始める。
すると間もなく、ポケットに入れていたスマホが震える。取り出して確認すれば、先程撮ったばかり写真が送られてきていた。
テーブルにあるスイーツを中心に据えつつ、その手前でバッチリと表情を決めた陽葵に対し、向かいの悠利は間抜けな顔を晒している。
油断し切っている様子もさることながら、普段から撮られ慣れていないのがひしひしと伝わってくる一枚だった。
「どう? これで少しは慣れたでしょ?」
満足げに目を細める陽葵は、頬杖を突いて悠利の顔を窺ってくる。
陽葵としては善意のつもりなのだろうが、こちらからすれば要らないお節介だ。テーブルを介して悠々と笑う陽葵に、「こんにゃろう……」と悠利はあからさまに頬を引き攣らせた。
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