04 ひまわり姫の表と裏①

 オタク友達という関係だからとはいえ、教室での日常は以前までと変わらない。


 陽葵はいつものようにクラスメートに囲まれ、その中心で仲睦まじく談笑する。対する悠利もまた、いつも通り教室の片隅で過ごす。

 まるで他人であるかのように装い、時折すれ違っても簡単な挨拶を交わす程度の交流しか行わない。

 

 理由はもちろん、陽葵の秘密がバレないようにするため。接点のない二人がいきなり親しげにしていれば違和感をもつ人間が出てくるからと、二人で取り決めた約束事だった。

 

 表面上はただのクラスートとして振る舞い、関係を悟られないように立ち回る。

 そのルールは週明けの教室でも続いていて、休み時間にふと目が合うことはあっても直接会話を交わすことはなかった。


「悠利ー、この後お前ん家でゲームして遊ばね?」


 ホームルームを終えてリュックに荷物を詰めている悠利の元に、片手を上げながら雅樹が近づいて来る。

 

「あー悪いけどパス。ちょっと予定が入ってて」

「予定? ああ、またいつものオタク絡みか」

「そんなとこ。今日はまおラブ第十五話の放送日だからな、原作でも屈指の人気を誇るエピソードの放送に備えて一話から観直さなければ」

「生まれ変わった幼馴染の高校生が異世界で恋愛するやつだっけ?」

「正確には、異世界で勇者と魔王に転生した幼馴染の高校生男女が部下や幹部に振り回されつつも前世から続く片思い相手との歩み寄りを進めるドタバタ系ラブコメディ小説を原作としたアニメ、だな」

「だから説明が長えよ」


 毎クール欠かさずアニメを視聴し続けるほどのアニメオタクでもある悠利だが、まおラブは中学から愛読し続けているラノベのアニメシリーズともあって、特に想い入れの強い作品だ。

 

 特に今日は原作でも指折りの名シーンが映像化されるということで、神回が確定している以上、内なる興奮を抑えられずにはいられなかった。


「ったく、お前のその熱意には付いていけんわ」


 両腕を組んで物知り顔で頷いていると、雅樹は大きく溜息を吐いた。


「毎日一人でやってて少しは飽きたりしねーの?」

「全然。むしろ時間が足りなくて困ってるくらいなんだが」

「ブレーキぶっ壊れてんのかお前は。普通は飽きるもんなんだがな……」


 普通は飽きてしまう、という雅樹の言い分も理解できるのだが、実際退屈がやって来ないのだから仕方ない。


 見返すたびに新たな気づきや発見があって、ますます次が待ち遠しくなる。好奇心を抑えられなくなってまた見返して、新たな驚きと出会っての繰り返し。


 本でもゲームでもそう。そうした過程の先で本番を迎えた方が、より感情を揺さ振られるというものだ。


 それに、最近は感動を分かち合える友達がいる。今日も二人で神回に備えて復習する予定なので、飽きが来ないのも猶更だった。

 当然、秘密なのでその点だけは明かせないが。


「お前に付いていける奴なんているのかねえ」

「……さあ」


 心を覗くかのような雅樹の言葉に少し冷や汗をかくが、悟られぬよう返事は濁しておく。荷造りを終えると、悠利は急ぎ早にリュックを背負った。


「とにかく、そういう訳だから遊ぶのはまた今度ということで」

「ま、ゲームならいつでもできるし別にいいけどよ。んじゃ、また明日な」


 そのまま雅樹と別れ、悠利は後方から教室を後にする。

 その途中、気になって前方を見やると、陽葵は相変わらずクラスメート数人に囲まれていた。


 話しかけられても愛想よく対応し、清楚な微笑みを絶やさない陽葵。以前なら何とも思わない光景だったが、今では本性を知っているので、演技だと思うとどこか滑稽に見えてしまう。


 オタクでいる時とは随分キャラが違うな、とアニメショップで出会った時を思い出して苦笑していると、陽葵と目が合った。

 「おっと」と逸らし、何事もなかったかのように教室を出るが、少し置いてポケットのスマホが震える。取り出してメッセージアプリを開けば、予想通りの相手だった。


『おい、今笑ってたろ』

『全然? 一ミリたりとも笑ってないが?』

『とぼけたって無駄だからね。ほれ白状してみな? 今なら特別に許してあげるから』

『……本当に?』

『ほんとほんと。私を信じて、ね?』

『……すごい演技だなと思って見てました』

『はい処す』

『許してくれるのでは!?』

『許すとは言ったけど処さないとは言ってない』


 どんな屁理屈だよ、とメッセージの文面を見て内心ツッコんでいると、陽葵から新たなメッセージが届く。


『ほんと水瀬って意地悪。はいはい、どーせ私は猫被りですよー』

『いやまあ、気分を悪くしたならちゃんと謝るけど』

『いーよ、全然気にしてないし。それよりさ、今日は何時から始める感じ?』

『俺はいつでも。白石に合わせるよ』

『了解。帰ったらすぐにボイチャ入るね』

『無理して急がなくていいからな』

『わかってるって。じゃ、また後でね』


 そこでやり取りを終えると、悠利はスマホを戻して足早に昇降口に向かう。


 陽葵には急がなくていいと言った手前矛盾している自覚はあったが、少しでも早く帰宅して活動を開始したい衝動を抑え切れなかった。


 「今日も長丁場になりそうだな」と文句を垂れつつも口元からは笑みがこぼれる。悠利は背中を押されるようにその足取りをさらに早めた。

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