02 ひまわり姫との出会い①
―――ひまわり姫との出会いのきっかけは、数か月前の夏休みまで遡る。
「あれ? 悠くんどっか行くの?」
連日猛暑が続くある日の午後、身支度を終えた悠利が玄関で靴を履いていると、リビングから出てきた姉―――
都内の大学に通う学生である未依もまた夏休みを迎えており、一日のほとんどをリビングで自堕落に過ごしているため、隣接する玄関で物音を立てるとすぐに気づいて絡んでくる。
毎度のことながら面倒だと眉をひそめつつも、用件だけは伝えとくべきだろうと思い、悠利は素っ気なく答える。
「別に。ちょっと出かけてくるだけだよ」
「またアニメショップか」
「いや、なんで分かるんだよ」
「引き籠ってばかりの弟が出かけるところと言ったらそこしかないしね~」
「お姉ちゃんにはお見通しだぞ?」とばかりにドヤ顔を見せつける未依にムッとする悠利だが、確かにその通りなので言い返せない。
この夏休み(というより毎年のことだが)、朝から晩まで部屋に引き籠ってはオンライン対戦ができるゲームや配信サイトでの神アニメの再履修ばかりで、ほとんど外出していない。
その外出についても日没後に近くのコンビニに行く程度、しかも軽装備なので、こうして日中にリュックサックを携えてとなればバレるのも無理はなかった。
とはいえ、同じく引き籠っている未依に指摘されるのはやはり腑に落ちない。
高校時に着ていた体操着の半ズボンを未だに使い古し、黒のキャミソールは片方の肩紐がだらしなく外れ、大好物のアイスクリームを食べながら立っている姉。
遊びにでも行かない限りいつもそのような感じなのだから、ニート度合いで言えば悠利と似たり寄ったりだろう。
不服そうに口を尖らせていると、未依は肩上でショートヘアを揺らしつつ手で仰ぐ仕草を見せる。
「しっかし今日も暑い……こんな日にわざわざ外出しなくてもいいのに」
「店舗限定特典付きの新刊を確実に手に入れるためなんだから、発売当日に行くのは当たり前だろ」
「うへー、我が弟ながらよくやるわ」
驚きを通り越して呆れられてしまうが、悠利としては好きでやっていることなので別に苦ではない。
目的のためなら外が灼熱地獄だろうと喜んで外出するし、肩を押し合う満員電車の中でも平気で耐えられる。
むしろ、その方がより手に入れた時の達成感を味わえるだろう。感動が倍増すると分かっていれば、過酷な道程であっても足取りは軽くなるというものだ。
「悠くんの人生だしそういうのも否定しないけど、折角の高校生活なんだしたまには高校生らしいことでもしてみたら、ってお姉ちゃんは思うんだけどねぇ」
「みよ姉みたいに一日中冷房の効いた部屋でぐうたらしてる大学生には言われたくないな」
「お姉ちゃんはいいのだよ。なんたって大学生なんだから」
「いや、理由になってねえし……」
「どういう理屈だよ」とつい溜息が出そうになるが、これ以上絡まれていては乗車予定の電車に間に合わなくなるだろう。
靴ひもを結び終えつつ会話を程々にして切り上げると、悠利は急ぎ早に自宅を出た。
「いってらー」
なんとも覇気のない見送りであったが、あれでも高校時代は凛とした佇まいの美人生徒会長と専らの評判だったのだから、人は見かけによらないというのは本当らしい。
家での自堕落な姿の方が目に焼き付いているので悠利としては正直驚きはないが、外で完璧人間を演じている未依を見ていると、本当に器用というか詐欺師みたいに思えた。
当然、不器用だと自覚している悠利にそのような真似はできないし、そもそもする気もないのだが。
そんな思いを巡らせながら陽炎が立ちめく道程を歩いていると、ふと小学校の校庭の花壇に植えられている向日葵が目に入る。
肌を焦がすような日差しの下でも一際輝く向日葵―――引き籠り生活を送っている自分とはなんだか真逆の生き方に感じられて、つい自虐的な笑みを漏らした。
(……そういやこの夏、ひまわり姫はどうしてるんだろうか)
安直ながらに彼女が思い浮かばれるものの、やはりクラスの人気者らしく順風満帆な夏休みを過ごしているのだろうと思う。
入学して間もなく羨望の目と共にクラスメートに囲まれる人気者なのだから、この夏も彼等と行動を共にしているのが容易に想像できる。
海だったり祭りだったりバーベキューだったり……引き籠り陰キャには体験できないようなイベントの数々を楽しんでいるに違いない。
少なくとも、一人で行動するタイプではない。
ましてや、悠利のように部屋でゲームやアニメというのは想像がつかなかった。
(ま、だからどうしたって話なんだけどな)
自分と相容れない相手を思い浮かべたところで意味なんてないし、勝手に想像されてはむしろ迷惑だろう。
視線を戻し、その足取りのまま悠利は駅を目指す。
そして到着すると、丁度やって来た上り電車に乗り込み、更に一時間ほど掛けて目的地となる都内のアニメショップへと向かう。
一応、地元から数駅先にも同系列の店舗があるのだが、これから向かう方が本店ということで、その規模の大きさや品揃えの豊富さから売り切れの心配をせずに済む。
あとはまあ、こっちが本音なのだが……なるべく知り合いと鉢合わせたくない。
別に他人の目を気にしている訳ではないが、出くわせば気まずくなるのが目に見える。
普段話さない相手でも最低限挨拶することになるだろうし、そのせいで休み明けの教室で変に意識する羽目になってしまう。面倒事はなるべく避けたかった。
(っと、そろそろ着くか)
そうしているうちに最寄りの駅名がアナウンスされ、扉の開放を待ってから悠利はホームへと降り立った。
目的地までの順路は複雑だが、これまでに何度も足を運んでいるので特に支障なく辿り着く。
入店してすぐさま階段を上ると、浮足立つ心に背中を押されるようにして目的の売り場に向かった。
(今回の特典は、いつもの書き下ろし短編に加えてイラストギャラリ―も付いてる超豪華仕様だからな……絶対にまおラブは手に入れねば)
悠利が目当てにする“まおラブ”とは、『魔王討伐するはずが異世界ラブコメ始まっちゃった件』というタイトルの略称だ。
その内容は、異世界転生を機に勇者と魔王にそれぞれ生まれ変わった幼馴染の高校生が、互いの立場に振り回されつつも少しずつ関係を深めるというドタバタ系のラブコメもの。
片想い同士だが敵同士というアンバランスな設定とギャグ寄りの作風が人気を博し、今年の秋にはアニメ第二期の放送も予定している。
そんな人気作品の半年ぶりかつ豪華特典付きの新刊ということでSNSでも話題になっていたため、この機を逃せば入手困難になるという確信があった。
だからこそ悠利は発売当日を狙って来た訳だが……売り場に到着すると、やはり人気は多いものの幸いにも目当てのものはまだ平積みの状態で陳列されていた。
「良かった。まだ残ってる……」
昼過ぎなのでもしやと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。
ホッと一息つくと、悠利はそれを手に取ろうと売り場に近づき……一度立ち止まった。
「本編では尺の都合上描かれなかった主人公とヒロインのイチャイチャシーン盛りだくさんの先生書き下ろし短編だけでも尊すぎるのに、推しのイラストレーターさんがこれまでに描いた挿絵と表紙を超高画質バージョンで一挙に拝めるなんて……えへっ、えへへへ」
その手前に、いかにもヤバい奴がいた。
真夏にもかかわらず大きくゆるっとしたサイズ感のパーカーを着こなし、キャップ付き帽子の上から一回り大きなフードを被り、両手で本を抱えながらブツブツと心の声を漏らしている。
時折リュックを小さく揺らして不気味に笑う様子といい、明らかに通報が必要なタイプの不審者だった。
(えぇ怖……)
ついそんなことを内心漏らしてしまったが、周りの客もさり気なく距離を取っているので、近寄りがたいと思った悠利の感性は正常に働いているのだろう。
しかし、目当てのラノベはその人物の前にある。
現在の位置からでは手を伸ばしても届かない以上、どうしても近づかなければならない。
(……仕方ない)
ここまで来て徒労に終わるという最悪の事態は避けたかったので、悠利は意を決して近づくことに。
相手はおそらく女の子ということで、流石に無言で手を潜り込ませるのはマズイ気がして、一応声だけは掛けておく。
「えっと、ちょっとだけ前すみません」
「え? あっ、私こそ邪魔しちゃってごめんなさい」
随分と可愛らしい声だなと思いつつも、特段気にすることなく平積みされたそれに手を伸ばす。
そして手に取ると、前屈みになっていた体勢を元に戻そうとして……思わず固まった。
「え?」
「へ?」
振り向きざまに目が合ったのだが、その人物は、悠利が知っている
後ろ髪を束ねているせいで雰囲気が変わっているものの、目鼻立ち整った顔やくすみのない素肌を間近で見てしまえば疑いようもなくて、気づけば口からその名前が零れ出ていた。
「白石、さん?」
「み、水瀬、くん……?」
同じタイミングで気づいたのだろう、悠利の名前を口にする彼女もまた目を丸くして立っていたが、次第にその顔は沸騰するように赤らんでいく。
そして次の瞬間……フロア一帯には、羞恥と後悔が混ざったような奇声が響き渡ったのだった。
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