クラス一の陽キャ美少女が実はオタクだと知ってしまった俺、誰にも正体をバラさないと約束したらいつの間にかめちゃくちゃ懐かれてしまいました。
そらどり
01 ひまわり姫と陰キャオタク
日常がひっくり返るような経験をしたことがあるかと問われたとして、はたして頷く人はどれほどいるだろうか。
例えばそう、一等の宝くじが当たったとか目覚めたら突然世界がゾンビで溢れていたとか、今までの人生とは一線を画すような経験がこれに当たる。
勿論、言葉の解釈は人それぞれなので、もっと些細な物でもいい。高校デビューしたとか恋人ができたとか、他人からすれば大したことでなくとも自分の中では日常がガラリと変わったと思う人も当然ながらいるはずだから。
どちらにせよ、これまでの日常がひとつの出来事を期に百八十度変わった経験があるかと問われて、肯定する人がどれだけいるかという話だ。
ただ、おそらくほとんどの人が首を横に振るだろう。
そういった出来事を、テレビやスマホの画面を通して追体験することはあっても、当事者として経験することは無きに等しい。
経験できる人はごく少数で、そうではないほとんどの人にとって日常が変わるなんてのは中々起こりえないものだ。
朝起きて登校して、授業を受けたら下校して、暇を潰して寝る……そうやって変わらない日々をただ生きるだけ。これが社会人であっても、学校から会社に置き換わるだけで差異はないだろう。
そして、そう考えた場合、
小中と続き、高校生になって半年ほどが過ぎてもなお、惰性的に登校して、学校が終わればそのまま帰宅し、自宅に籠ってゲームやアニメ鑑賞、漫画やラノベにのめり込む孤独な日々。
たまに中学からの数少ない友達に誘われて遊びはするものの、平日休日問わず悠利の行動サイクルが変わることはなかった。
「おっす悠利。って、今日も朝から眠そうな顔してるな」
「おはよう
今日も今日とて自席で気怠そうにスマホをいじっていると、その内の一人である
雅樹は少々チャラついた見た目をしているがオタクに理解がある奴で、一人になりがちな悠利を誘ってはゲームして遊ぶ、いわばオタクに優しい陽キャのような男子だ。
「また睡眠時間削って深夜アニメか?」
「ま、そんなとこ。最近ハマってるアニメが零時からの放送だったもんでな」
「ああ、この間お前が熱弁してたやつか。擬人化したボートがレースを走るアニメだっけ?」
「正確には、実在する競艇をモデルにして擬人化させた多種多様なキャラ達が切磋琢磨しつつ血と汗と涙を乗り越えた先に待ち受ける過酷なレースを制する育成シミュレーションゲームを原作としたアニメ、だな」
「説明が長えよ」
ただ、悠利と同じくオタクかと言われればそうではなく、一緒にいて話が嚙み合わないこともあったりするので、雅樹とは趣味は合わないが気の合う友達ということになる。
「ふーん。てかさ、それならもっと早く寝れたろ?」
「いや、観終わっても興奮が冷めなくて、過去作を履修し直してたら朝になってた」
「ほんと相変わらずだなお前は……」
溜息交じりに雅樹には呆れられてしまうが、悠利としては孤独なりにこの日常に満足していた。
自分の好きなものには正直でありたいし、何よりも、周囲に迎合するためにわざわざ自分を偽りたくない。
まあ、その結果クラスメートから陰キャオタクと認定されてしまったが、好きなものに囲まれていれば他人からの評価なんてどうでも良かった。
だからこの先も日常を変えるつもりもない―――と、以前まではそう思っていたのだが。
「ったく、悠利も高校生になって大分経つんだし、少しは色気付いたらどうだ?」
「いや、なんだよ急に?」
突然明後日の方向に話題を変えられて困惑する悠利に、雅樹はため息交じりに苦言を呈する。
「一番の親友として心配してんだよ。オタ活ばかりで他人に興味すら持たねえんだから」
「……別に、俺は今のままで十分だ」
「そんな悲しいこと言うなって。ほら、ウチのクラスの女子って結構レベル高いし、誰か一人くらい良さそうな人いるだろ」
「ほれ白状してみろ」とばかりに小突かれるが、興味ないものに興味を持てと言われても無理な話だ。
別に恋愛に対して苦手意識はないし、人並みにそういう欲求はあると思うが、今すぐ誰かと付き合いたい訳ではない。
それよりもオタク趣味に勤しんだ方が楽しい。わざとらしく笑みを浮かべる雅樹に無視を決め込み、悠利はスマホに視線を戻そうとするが、一足先に明るい声音が教室に晴れ渡った。
「みんな、おはよ~」
笑みとともに一人の女子生徒が登校してくると、クラスメート全員の注目が集まる。
そして気づけば、待ちわびていたかのように彼女の周りには人だかりができていた。
「あ、おはよ白石さん。今日も可愛い~」
「その花柄のヘアピンすごく似合ってる~。ねえねえ、どこで買ったの?」
「白石さん、ここの問題の解き方わかんないから教えてもらいたいんだけど……」
「ちょっと、みんな一遍に話しかけ過ぎだって。一人ずつちゃんと聞くから、ね?」
来て早々クラスメートに囲まれてもなお、困惑するどころか分け隔てなく愛想を振りまく彼女。そして周囲の生徒もまた、そんな彼女の笑顔に魅せられ惹かれている。
毎朝続いていると言っていいその光景を遠巻きにして、隣から敬服交じりにある言葉が漏れる。
「……まっ、それでも“ひまわり姫”には敵わないか」
ひまわり姫―――この学校に在籍していれば、
ゆるりと垂れ下がる明るいブラウン色の長髪は毛先まで手入れが行き届いており、滑らかな乳白色の素肌は雪化粧のように透き通っている。
整った鼻筋に大きな瞳なのは言うまでもなく、その容姿は、純白のワンピースと麦わら帽子が似合うほどの清楚さと可憐さを持ち合わせていた。
学年トップの学力を誇り、スポーツでの成績も優秀。
容姿端麗といい文武両道を体現する彼女はそれだけでも十分魅力的だが、最も彼女を惹き立たせている点はその人当たりの良さにある。
いつでも明るく誰にでも優しい性格で、そこから振りまかれる笑顔は見る者全ての心を澄み渡らせるほど。
まるで太陽の日差しに当てられて煌めきを放つ向日葵のような笑み。誰がそう言い出したのか、いつしか男子の間では彼女をひまわり姫と呼称するようになっていた。
「相変わらずすごい人気っぷりだな白石さん。やっぱあの人くらいのレベルになると、何するにしても不自由しないんだろうな……悠利もそう思うだろ?」
「んーまあ、そうかもな」
「相変わらず興味なさげな返事だな……」
視線を画面に戻す悠利に再び呆れる雅樹だが、悠利としては溜息をつかれようがどうとも思わなかった。
確かに、白石陽葵という少女は魅力的だと思う。
ただ、やはり手の届かない存在というか、同じ空間にいることはあっても自分達とは違い特別な人という認識だった。
オタクである悠利とは正反対に位置する陽キャ。だから当然相容れるはずもないし、これからも関わることのない相手に興味を持っても互いに無意味だというのが悠利の考えだった。
「ほんとお前って奴は……ボサッとしてて全体的に冴えないけど顔は良い方なんだし、オタクっつう要素をなくせばそこそこモテそうなのにな」
「余計なお世話だ。てか、それを言うなら雅樹こそどうなんだよ?」
「俺はいいんだよ。こう見えて女子にはモテるからな」
「ふーん」
「お前、自分から振っといてその相槌かよ……っと、チャイムか」
当たり障りのないやり取りを適当に済ましていると、朝のホームルームの開始を告げる鐘が鳴り、散らばっていた生徒らはぞろぞろと自席に戻って行く。
その流れに乗って席に向かう雅樹を視線で見送り、悠利は自机に向きを直す……最中、偶然聞こえてきたやり取りに、悠利は視線を向けた。
「白石さん、今日はなんだか眠そう」
「え、そうかな?」
「あ、言われてみれば確かに。いつもよりちょっとだけ元気がないような」
「うーん、昨夜はちょっと夜更かししちゃって……多分そのせいかも」
「寝る間も惜しんで勉強してたってこと? やっぱり学年トップはすごいねー」
「あはは、うん、まあ、ね」
頬に指を当てながら陽葵は苦笑すると、その視線が悠利と重なる。
その視線の交錯は決して偶然ではなく、目を合わせた陽葵はほんのりと悪戯な笑みを浮かべた。
一瞬のことで誰も気づかず、悠利だけに伝わるその表情の意味。全員が席に戻り、担任教師が入って来てホームルームが始まると、悠利のスマホには答え合わせをするかのようにメッセージが届いていた。
『えへへ、嘘ついちゃった。ほんとは二人で夜通しアニメ観てただけなのにね』
……先程の話の続きだ。
日常がひっくり返るような経験をしたことがあるかと問われたとして、確かに悠利は首を横に振る側の人間だった。
ただ、それは以前までの話であって、最近になって悠利の日常にはひとつの大きな変化が起きていた。
いつでも明るくて誰にでも優しいクラスの人気者、白石陽葵。
その実は、悠利と同じ趣味を持つオタク女子で、悠利だけが彼女の正体を知っている。
ひまわり姫と陰キャオタクが裏で通じていることを、クラスのみんなは知らない。
みんなは隠している二人だけの秘密の関係―――陽葵と悠利はオタク友達なのである。
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