第4話

 梨乃の言う通り、雑草をかき分けながら進んでいくと、そこにはやしろが存在していた。ただ、その社はボロボロの状態であり、まるでお化け屋敷のようだった。


「そういえばさ、梨乃の言っていた狛犬ってどこにあるんだろう」


 わたしは社から目を逸らしたいという気持ちから、そういって辺りを見回した。

 周りはわたしたちの背丈ほどの高さまで伸びた雑草が生い茂っている。


「これじゃないか?」


 海堂の声がした。

 そちらへと足を進めてみると、首の無い狛犬が台座の上に鎮座している姿があった。


「クビナシイヌ……」


 梨乃がぼそりと呟く。


「え?」

「首なしいぬ、あったでしょ。首、ないでしょ」


 笑いながら梨乃が言う。どこかテンションがおかしい。いや、それはいつものことか。

 足元で音がした。どうやら、何かを踏みつけてしまったようだ。

 下に視線を向けると、そこには小さな動物の骨のようなものが落ちていた。


「ひぃぃぃ」


 思わずおかしな悲鳴を上げてしまう。

 海堂くんが何事だと言わんばかりにわたしのところへと駆け寄ってくる。


「この大きさだと、ネズミかな?」


 どこか冷静な声で海堂くんはいう。

 なぜか首なしいぬの周りにはネズミほどの大きさの小動物のものと思われる骨がいくつも落ちていた。

 これはどういうことなのだろうか。まさか、首なしいぬが夜な夜なネズミを食べているのか。いや、まさか。そもそも首から上が無いし。どうやって食べるのさ。わたしは心の中で自分にツッコミを入れていた。


「ねえ、つぎはを探そうよ」

「え、ゆさはり?」

「そう。ゆさはり」


 どこか梨乃のテンションがおかしい。いや、それはいつものことか。そう思い直して、藪の中を進んだ。

 わたしの記憶では、社の裏手に小さな公園のような場所があり、そこにブランコと小さな滑り台といった遊具があったはずである。

 梨乃も同じ記憶なのか、社の裏手に向かってどんどん進んでいく。

 すると、急に前を歩いていた梨乃が立ち止まった。

 あまりに急だったため、わたしは梨乃の背中にぶつかってしまう。


「どうしたの、梨乃」

「共憐鞦韆好……」

「え?」

「あった。あったよ、鞦韆ゆさはり


 急に前が開けた。そこだけは生い茂る雑草が無く、小さな広場のような場所が存在していた。


「ほら、あれ」


 梨乃が指さす方に目を向けると、そこにはブランコの骨組み部分だけが残されていた。すでにブランコ自体は撤去されてしまっているようで、骨組みに鎖などの吊り具は存在してはいなかった。


「乗ることはできないか」


 海堂ががっかりしたような口調でいった。

 え、もしかして、ブランコに乗りたかったの、海堂くん。

 わたしは驚いて海堂の顔をじっと見つめてしまった。


「え? なに?」


 わたしがあまりに顔を見るものだから、海堂は照れくさそうな顔する。

 ちょっと、海堂くんにもカワイイところがあるじゃない。

 意外な海堂くんの一面を見つけたわたしは、にやりと笑って見せた。


「怖いよ、椎名さん……」


 そんなやりとりをわたしと海堂くんがしている間、梨乃はブランコの骨組みに近づいていき、本来なら吊り具が装着されているはずの部分をじっと見上げていた。


「どうした、梨乃。もしかして、梨乃もブランコやりたかったの?」

「これ、なんだろう?」

「え?」


 わたしと海堂くんは梨乃の見上げている場所をよく見るために、近づいていく。


「ほら、これ」


 梨乃が指さした先。そこには太い注連縄しめなわのようなものが巻き付けてあった。


「これって……」


 わたしは妙な想像をしてしまった。いや、これはわたしが想像をしたのではない。誰かがわたしの脳裏に映像を送り込んできた感じだった。


 ブランコの支柱には注連縄のように太いロープが結び付けられている。

 その縄は、輪っか状になっており、大人の男の人と女の人がすぐそばに立っていた。


 ふたりは恋人だった。

 しかし、ふたりの関係は世間的に許される関係ではなかった。


 ふたりは頷き合い、そのロープの輪になっているところへ頭を通した。

 足元に置いていた低い台を蹴とばす。

 体が宙に浮く。

 全体重が首に掛かる。

 首に巻きついたロープに掴まり、少しでも負担を軽減させようとあがく。

 しかし、それは無駄な抵抗であり、頸動脈が絞められているため、意識は遠のいていく。

 ミシミシともミチミチとも聞き取れるような音がする。

 繊維が切れる音。首の筋繊維が伸びる、そして、切れる。

 首の長さが、元よりも少し長くなったように見える。


 クビナガさん……。

 そうか、クビナガさんの由来はここからなんだ。誰かが、この様子を見た。そこからクビナガさんという名前になったんだ。でも、あまりに残酷すぎるため、いつしか首長竜の化石が見つかったからという風に変化していったに違いない。


 風にふたりの体が揺れている。

 すでにふたりの魂は天に上ってしまったようで、ただただ風にゆれている。

 彼らの下には水たまりができていた。汚物の水たまりだ。


 彼らは風に揺れている。

 どこからか、声が聞こえてくる。思わず聞き耳を立ててしまうような、透き通った綺麗な声だ。


「共憐鞦韆好」


 たしか、この現代語訳は……。

 そう思っていると、ぶら下がっている女の人がこちらを向く。


 よく、その女の人の顔を見ると、それは梨乃であった。

 そして、その隣にぶら下がっているのは、海堂くんである。


「共憐鞦韆好」


 ふたりは揃って、わたしに言う。

 そして手招きをする。


「一緒にブランコで遊びましょ」


 わたしの体は宙に浮き、首にロープがかけられる。

 首に巻きついたロープは皮膚に食い込んでくる。

 苦しい……。

 体が揺れる。風によって揺らされる。



「椎名さん、椎名さん……」


 どこか遠くの方から声が聞こえてくる。


「椎名さんっ!」


 はっ、と目を覚ますと、そこは学校の教室の中だった。

 教壇に立つのは古典のおばあちゃん先生だ。


 夢だったのか……。

 わたしは安堵するとともに、どうしてわたしの名前が呼ばれているのだろうと思った。


「鞦韆って何のことだか、わかりますか?」


 ゆさはり……。わたしは知っている。ゆさはりは、ブランコのことだ。

 あれ? これって何だろう。全部知っている。

 さっきまで見ていたのは、本当に夢だったのだろうか。


 首に痛みを感じた。

 授業が終わった後、手鏡で首を見てみた。

 首には赤い何かが擦れたような痕がくっきりと残っていた。

 なにこれ……。



「ねえ、ブランコといえば、小学校の時にあの噂あったよね」


 梨乃がわたしに言う。


「ほら、裏山の神社にあるブランコの話」


 え?


「帰りに確認しに行こうよ」


 え? ええ?


 そして、わたしは再び、あの神社へと向かうのだった。




 ゆさはりの季節 完

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ゆさはりの季節 大隅 スミヲ @smee

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